■2004年6月の日記

6月30日 

■「暗愚小伝」をアゴラ劇場で。途中で貧血を起こしてちょっと遅刻。3階からの観劇。多すぎるダジャレとかはどうかと思ったけど、ここしばらくの観劇の中ではとても面白く拝見する。高村光太郎の話なので、智恵子との生活がそれは不可欠に入ってはくるのだけれど、それはあくまで一要素としてさっぱりと話は進んでいく。しかし、その「さっぱり」というのは脚本・演出上でのことであって、実際に見ているそれは、扱いの薄さにも関わらずなにか狂気のようなものとしてそこだけが異様なほどにクローズアップされ、わたしの目の前に提出されていた。愛することと愛されることの、理屈のない留保のなさ、底なしなかんじが、舞台を覆っている。演出がいかに制御してもそれはある過剰さを伴ってそこに立ち現れてくる。山内健司さんとヒラタヨーコさんというふたりの俳優の、どうにもならない資質のようなものではないか、と思った。演出の理性がそこに絶妙なバランスを与えていた。計算だけでは成り立たない、俳優との歴史の長さが作り上げた舞台だなあ、と思う。3階席で回りに人がいなかったので、体調の悪さも伴い、わたしは呑気にほろほろと泣いた。情緒が刺激されたというより、人間の業のようなもの、愛というものの理不尽さ、無様さ、狂気、そういったものの渦についウッカリ身を任せてしまった結果のような気がした。暗記するほど読んだ智恵子抄や光太郎の「カテドラル」の詩に、わたしもまた育てられた人間なのだと思った。
■そして、劇団WS。
■グループワークで集団創作をしてもらっているのだが、ひとつのグループがいる場所だけがドヨンと電気のワット数が違うみたいに暗い。誰かが意見を言っていても賛同なのか不賛成なのかさえ解らない。そこにいる全員が上手くいかないのは自分以外の誰かのせいだと思っているような気がして、そのことをかなりハッキリと指摘する。さらにドヨンとなっていたけど、仕方がない。次回は最終発表である。

6月29日 

■在外研修をサポートするためのシンポジウム@森下スタジオ。目的が明確で、必要な情報をきちんと得ることができるいいシンポジウムだった。在外研修に一ミリほどのモチベーションのない詩森としてはその場にいることが申し訳なくなったくらいだ。イマドキ在外研修に行く気がないなんて書くと意識の低い人みたいで悲しいんだけど、それはほんとのことだし、これからも(断言はできないけど)よほどのことがない限りきっと思わないだろう。それはなぜか。ここから先は在外研修を行った全ての人を揶揄するつもりはまるでないし、むしろそういう方たちには尊敬の念を抱いているので、あくまで私個人の非常にパーソナルな話として読んでもらいたい。
■演劇の公共性についてきちんと説明できる言説を持ったり、カンパニーのミッションを整えたり、エデュケーション・プログラム等、文化先進国で当然のように行われているシステムを取り入れたり、それはもちろんものすごく大切なことだし、それなりに努力もしているつもりだ。しかしどこかでわたしはその全てを「しゃらくせえよ」と思っていて、「どーでもいい。そんなこと」と考えている気がする。それはふだんあまり意識化されることはない。しかしそのくせ最後の最後にはわたしの行動を決定する価値観みたいなものを支配しているのではないか。
■10月の風琴文庫での公演について考え続けている。場所は確かに素晴らしい。しかしここまで来て安くはない料金をいただいて、お客さまに満足していただくには、今のままでは何かが圧倒的に足りない。軸となるべき物語を作り、3層構造の館をその物語を縦糸にしてつないでいく必要がある。そして、「昆虫図」と「心願の国」という組み合わせについても考える。やはりどう好意的に解釈しても文学としての位置づけが違いすぎる。原民喜を巡る「心願の国」の構想は捨てがたいが、これは好みの題材だけにまた別の機会へと譲りじっくり書くことにして今回は諦めるべきだろう。原民喜は寡作だけれど、異端文学ではない。むしろ文学のまん中を射抜くまごうことなき純文学である。今回の場所「大塚文庫」に似合うのはやはり久生十蘭の「昆虫図」を中心とした辺境の文学たちだ。そこでいくつかの短編を選び出す。そしてその短編をつなぐ仕掛けについても考えていく。考えろ。考える力がもともと足りないのだから、せめて考えることを諦めないしかない。なにかがうっすらと見えてきた気がする。昭和の異端文学をつなぎながらひとつの物語を構築する。ミニマムな公演だけれど、意外なほどに遠くまで出かけていかなくてはならないのかもしれない。

6月28日 

■今日は俳優座版「蒼ざめた馬」を見に行く日だったのだが、せっかく六本木に行くので森美術館でイリア&エミリア・カバコフ展を見ようと思っていた。計画倒れでは人後に落ちない詩森には珍しく4時過ぎに六本木に着くように出発したが、財布をまたも忘れ駅から家に戻るハメになり、六本木着5時20分という、やたら中途半端な時間になってしまい、泣く泣く諦める。7月19日までしかやっていないのだがいつかいけるだろうか。近くのカフェで文庫の構想を練ってから、ジュースを買いにWS研の打ち合わせ等でよく使うみなとNPOハウスに行ったら、入り口のベンチのところになぜか達平くんがいた。桃唄309の岩佐さんとWS研のコーディネートに関する打合せをしていたらしい。
■で、「蒼ざめた馬」。
■3時間と聞いていたのでどれほどに長いかと覚悟していったが、けっこう楽しく拝見する。1幕の言葉が明晰で解りやすいのがよかった。2幕は盛り上がりに欠け残念だった。ひとつひとつを丁寧に作りすぎて勢いがそがれたかんじだった。そして最後にイマジンがかかってしまったことは趣味の違いとは言え幾重にも残念であった。小里くんという人の劇作については気に入る、気に入らないの問題だけならそれはその時々いろいろあるのだが、たったひとつ、簡単に二元化してしまう世界に組しまいと戦っている人だ、ということは絶対的に信頼していて、しかしイマジンがかかってしまうということは、もともとのイマジンはもちろんそんな単純な世界観で作られたものではないにしろ、いまとなっては役にたたないおまじない、どこにもあるはずのない正義のみで形づくられたユートピアを肯定してしまうことになるような気がする。作家の覚悟みたいなものを矮小化してしまっているようでわたしには違和感があったがどうなのだろう。
■やはり観に来ていた小高さん、元フラジャイルの桜井くん、そしてユダ出演者にして「馬」にも出演している脇田くんも含め飲みにいく。六本木でたったひとつ庶民が憩える飲み屋なのでは、という天狗に行ったら、あとから演出家の西ケ谷くんやらいろいろやってきて結局総勢10名ほどで飲む。帰り際になって西ケ谷くんが「あれ、今日は藤原さんは」というので隣に座っていた達平くんを指して「ここにいるよ」と言ったら異常にビックリしていた。話を聞くとどうもよく風琴工房の受付に来てくれるユニークポイント制作の大木さんを達平くんと思いこんでいたらしい。それはいったい・・・。日記でもどこででも藤原達平、大学生、21歳と書いているのに、「あの21歳はキョーレツだなあ」と思っていたというのだから思い込みというのはおそろしいものである。ちなみに体感で達平くんの2倍くらいある大木さんは、にも関わらずどこかしらにヌイグルミっぽい愛らしさをたたえている30代男性である。対する達平くんはこの夏の目標として「藤原達平爽やか計画」を立てているが、そんなものを立てているくらいだからその隠し切れない邪悪さは推して知るべし、グレムリンに変身したあとのギズモに似ている(チョコボールのキョロちゃんにも似ている)21歳だ。因みに愛ちゃんは昔モグアイに似ていると言われていたそうである。水掛け前と水掛け後。しかし別にふたりは似ていない。そして椎葉ちゃんはドクタースランプアラレちゃんのガッちゃんに似ている。
■そんなことを書いていたらどうなんだろうそんな劇団と、劇団に対する疑念がムクムクと湧いてきたので今日の日記はこれでオシマイ。

6月27日 

■朝はグッタリと寝る。
■夕方、ここらへんではいちばん充実している深川図書館へ。ワク一杯に使い、10月の資料と3月の資料を借り出す。
■晴海のトリトンに行って更に本を物色してから月島の怪しい安売りマーケットに行く。ここの店員がダメダメで、500ミリリットルのビール(発泡酒でなくビール)半ダースを買ったらさんざん値段を調べた上、隣のレジの人に聞いてどう考えても350ミリリットルの値段(としても安すぎる)だろう、という値段を打ち込む。776円。それでは一本130円に満たないではないか。オカシイよ。そんなの。まあでもトクしたのでよしとする。
■夜ゴハンはジンギスカン。野菜をコレでもかと入れて。美味しゅうございました。

6月26日 

■風琴工房の秋公演の公演場所となる大塚文庫に劇団員総出で下見。
■土曜の昼下がり。華やぐ自由が丘にいちどう大浮かれ(達平くんを除く)。
■ひさしぶりに見る大塚文庫はやっぱりなんだかスゴイ場所だった。妄想が拡がってしまい殆ど打ち合わせ等の役にはたたない詩森。サクサクと打ち合わせを進める達平くん。無邪気にはしゃぐ松岡・吉川・椎葉。なんかただならないダメな感じが漂う。(達平くんを除く)。
■打ち合わせのさなか、劇団的にはちょっと大きなニュースが達平くんの携帯に。これでやっぱり来年度は勝負の年になりそうだよ。
■そして劇団WS。今日はグループワークの指示を出してそれから面接。聞くことなんてないけど、面接。この中から劇団員を決めなくてはいけないワケだよな。毎年のことだけどホントにユウウツ。
■今日で最後という受講生のSさん交え眠亭でゴハン。家に帰ったらグッタリ疲れていたが、今日中にメールを送るべき案件も多く、劇団の仕事。深夜3時過ぎ就寝。

6月25日 

■トップスカフェで来年度以降のとあるお仕事についての打合せがあり、出かけたのはいいが、なんと家に財布を忘れ、駅員に「でももう行かなきゃならないんです」と訴えたら降りる駅で精算してください、と黄色い切符を渡される。待ち合わせしていた達平くんにお金を借り、叱られながら精算。この場合、叱ったのは駅員ではなく達平くんである。おかげで無事打ち合わせには遅刻しなくて済んだ。これが本決まりになると、とんでもなく忙しくそして気の抜けない一年になりそうな気がする。
■その後、早稲田で行われる演劇学会のプレイベント「サラ・ケインを巡って」に行く。サラ・ケインの「渇望」という「4時48分サイコシス」の源流となったという作品のリーディングとそれにまつわるシンポジウム。こんなもの誰も知り合いは来ていないだろうと思ったら、知り合いばかりでビックリした。リーディングの演出を第三エロチカの川村さんが行っている関係で、ほりゆりちゃんや小高さんがいたし、青年団の松尾さんがいたし、山の手事情社の女優さんで昨年サイコシスに出演した内藤さんがいたし、演劇研究者で松岡の知人でもあるIさんも来ていた。それぞれ来る理由は明快なので、むしろ私がいるということを皆に怪しまれた。まあそりゃそうか。わたしはサラ・ケインの初期の作品は気になるれど、「サイコシス」とか今回の「渇望」はそんなにいいとは思わない。サウンドの美しさを追求した作品を日本語でやるのも無理な話だと思う。実際、原版をチラッと英語で聞いたときのほうがずっと美しかった。英語、よくわからないけど。川村さんは「サラ・ケイン伝説(サイコシス脱稿直後に自殺)には拘らず演出したい」と言っていたけど、サイコシスという作品の魅力のかなり大きな部分をその悲劇が担っているのは確かだと思う。それでいいのではないかとも思う。今現在わたしが取り組んでいる原民喜も「心願の国」を書き上げたその夜、鉄道自殺している。「心願の国」は美しい。しかし、これを書いて死んでしまったのだ、と思わねばそれは、あまりに潔癖でそして自己愛的な世界である。
■そんなわたしがなぜそのシンポジウムにいたかというとパネラーのひとりである精神科医の斉藤環さんの著作のファンで、共通の知り合いである山登さんから紹介してあげるよ、と言われていたからである。ちなみに山登さんは演劇評論家にして現役の精神科医にして東京乾電池の制作さんという不思議な人だ。そして詩森が斉藤環さんのどのくらいファンかというと昨年6月8日のろば日記でぜひ誰か会わせてくださいと書いているほどである。まあそんなの叶うハズないと気楽に書いたのに、会えることになってしまい、思い切り舞い上がっているうちに今日の日がやってきたというワケなのだ。舞台上で見る斉藤さんはサイボーグチックなムードの鋭利な刃物のような方で、シンポジウムでもその後の酒席でも斉藤さんの話はたいへんに面白く刺激的であった。しかもその酒席は、現役の精神科医ふたりに詩森という取り合わせ。おふたりにとってはともかく、わたしにとって楽しくないワケがない。ということで、たいへん素晴らしい週末の夜でしたわ。

6月24日 

■紅王国の「火學お七」を観に中野へ。アクトレだったのにMOMOと思い間違いして遅刻。「もう入れません」と言われるが諏訪部さんが無理やり入れてくださって観劇。期待していたのだけれど、俳優陣がいつもに比べてちょっとというかかなり拙いかんじがする。レギュラーキャストももっともっと追い詰めても良かったんではないだろうか。最後の半鐘もあれでよいのかなあ、などとも思い。「火學お七」なのになんだか燃え切れなかった詩森である。
■終演後、ヘドウィグ帰りの達平くんと新宿で待ち合わせて、制作打ち合わせ。今年。来年。再来年。そして現実的なお金の工面まで。今はいちおう稽古オフなのになんだか忙しい気がする。

6月23日 

■WSのハシゴ。受ける方ではなくいちおうWSリーダーとして。初めにシューレの「テキストからはじめよう」WS。宿題で戯曲を書いてもらったのだが、これがみんな面白かったので、急遽予定を変更し、山田WSを2時間行ったあと個別指導を1時間というプログラムにする。山田さんのWSはレクチャー中心だったが解りやすくて面白かった。
■個別指導していてもみんな独特の世界をちゃんと持っていることがよくわかる。ちょっとしたスイッチで妄想が生き生きと走りだす。非凡。おもしろい。話していてものすごい手ごたえがあった。書きなおされてくる戯曲がとても楽しみ。
■走って劇団WSへ。今日はいろいろ考えた末、先週作ってもらったシーンからふたつ選んで演出のブラッシュアップをするところを見てもらう。演出が入って劇的に良くならないとただの時間の無駄なので真剣勝負。WS生相手に激しい怒声が飛ぶ。劇団員を選抜するためのWSなので遠慮しない。終了後、詩森の緊張感の高い演出に慣れてないWS生たちがワラワラと不安げな面持ちで寄って来る。「指示は一度できちんと聞いてください」と言われた子が「緊張するとトンじゃうんです」と謝りに来たが、「俳優をやりたいならそれはなんとかするとかありませんね。集中力がないと俳優はできません。」と答える。「体のクセを直すにはどうしたらいいんですか」と質問しに来た子には「まずニュートラルに立つことをたたきこむこと。それには特効的な稽古はなくて、正しく立つことを長く続けることでしか為しえません」と答える。たった8回のWSで俳優の技術が飛躍的に上がることなんてない。劇団員になった子は俳優として育てていく機会と責任が与えられるけど、そうでない人たちとはここが最初で最後の出会いとなるかもしれない。ならばせめて自分が乗り越えるべき障壁に自覚的になってこのWSを終えてもらえればいい。

6月22日 

■一日WS研のミーティング&レクチャー。その後、達平くんと下北沢に移動、THE SHAMPOO HATの「肉屋の息子」を見に行く。椎葉ちゃんと松岡さんも一緒。児玉さんはヒゲをはやし怪しすぎる人になっていた。8月のひとり芝居はいったいどんなコトになってしまうのだろう。終演後、そんな児玉さん、そして同じ回を見ていた皆木くんを交えて飲みに行く。
■WS研の後、下北に行く前にお茶した六本木交差点にあるベトナムカフェはそのファーストフードっぽい外観にも関わらず割と本格的で美味しくなにより安い。オススメでございます。俳優座で観劇などする際、まあ観劇後のディナーには向かないにせよ、芝居みる前にちょっと食べたい、なんて時に便利でございます。

6月21日 

■部屋の大掃除続行中。今日はクローゼットと書斎の棚。そして10月の脚本を書いている。早くも夏バテというか、例年この時期にいちばん夏バテしてしまうので、昼寝やや多めというかんじ。昼ごはんはオクラ納豆で疲労回復を図り、夜はダイコンとニラの炒め物とキュウリのキンピラ、そしてネギと岩ノリのお味噌汁。今日でマイモストフェバリット味噌汁の具であった岩ノリがなくなってしまい残念だ。この岩ノリは岩手で買ってきたもの。東京でも売ってるけどなんか味がちがうんだよね。

6月20日 

■なんだかやたらと芝居を見ている気がする・・・と調べてみたら今年に入って50本くらい見てた。7月で60本越えるのは確実なので、今年はここ数年の最多記録になるかも。WS研関連の公演がやたら多いというもあるし、意識的に知人の出ていない公演も見ているからだと思うけど、ちょっと疲れた。去年に比べあまり感動できる舞台に当たっていない、というのも大きいかもしれない。あれもこれも観なくては、と考えただけでグッタリした気持ちになりよろしくない。なので逆になるべく早め早めに予約を入れる。予約さえいれてしまえばそれなりに楽しみになってくるのも不思議である。
■昨日マンガ喫茶に行ったとき、テレビ化もされている「きみはペット」というマンガが新刊コーナーにあり、つい1巻だけ読んでみたのだが、これがちょっと「え・・・マジ?」というような内容で驚愕した。バリバリキャリアのOLが年下の可愛い男の子をペットとして飼う話なんだけど、これがホントのホントにペットとして飼っていて、性的なものがなにも絡まないという、というか、絡みまくるんだけど、なぜかコトには至らないとゆー、なんか妄想の極北みたいな話だった。男の子のほうは多少なり恋愛感情があるので敢えてペットの立場に甘んじているらしい。そんなヘンタイちっくな話なのに妙にホノボノしたトーンに貫かれているのがまた恐ろしさを助長する。この設定でこのマンガはどこまで行くつもりなんだろう、と不安になり、店にあったうちでは最新刊の9巻を見てみたが、状況はなにひとつ変わっていなかった。ビックリ。
■まあそういう意味でいったら「西洋骨董洋菓子店」もかなり妄想系ではあるのだが、なんかね、欲望を包み隠してないかんじで自覚的というか、そういうのならいいんですよ。だってマンガだもん。
■わたしは個人の恋愛ファンタジーはなんでもアリでしょ、というのが身上なので、多少インモラル方向に振り切っていても、「王子様がくるのハァト」みたいなゴリゴリのメルヘン幻想でも当人が幸福ならそれはもうぜんぜん構わないんだけどさ、それにしてもかなりドギツイ欲望をお砂糖でコーティングしているみたいで気持ち悪い。ヒットしているということは、つまりある一定量以上の読者の恋愛ファンタジーを網羅しているからでしょ。そして、わたしならいらないな。そんなナゴミグッズみたいな年下の男の子。いや。年下は好きなんですけどね。
■と、ここまで書いてたかがマンガにここまで過剰な嫌悪感を抱くのは、逆に自分のなかにそんなペット系の男の子に癒されたい願望があるからなのではないか・・・と自分に対する疑念が湧きあがり急に不安なった。もちろんないとは思うんだけどね。とゆーワケでココロを入れ替え、これから脚本に戻ります。シュワッ(消えた音)。

6月19日 

■めずらしくマンガ喫茶などという場所に行って、今更のように「西洋骨董洋菓子店」など読む。面白いよ。かなりヤオイっぽいけど、ツボ入りまくり。
■劇団WS。折り返し。ハムレットのシーン創作は劇団員に指導に入ってもらい、丁寧に。詩森も演出指導に入る。どのチームも面白くなったね。プラン的にはビックリするようなのもあった。
■そのあと懇親会。昨日告知したのにほぼ全員参加。稽古場ではシーンとしていた割にみな賑やかに和気藹々と懇親。そして知らない人ばっかりであまり懇親できない人見知りの詩森。だってみんな若いんだもの。終電で帰宅。なんかWSしただけなのにグッタリ疲れているのはなぜだ。懇親会か。つまりはもう若者のテンポにはついていけないということか。ついていきたくもないけど。そして達平くんは若者ではないのだろうか、という素朴な疑問も。そういえば椎葉ちゃんも若者っぽくないよなあ。田舎ものっぽいけど。
■7月は神戸にも行くし、その上観劇予定が多すぎてどうしたらいいかわからない。なので、1ヶ月分の観劇予定を立ててみる。ハシゴの日も多く、遠い場所での芝居もあって予定立てているだけでグッタリ。夏、苦手なのに。生きて秋を迎えられるのだろうか。
■どーでもいいことだが、わたしの魂の故郷、軍艦島が世界遺産になって観光地化するかもしれないそうだ。解体が噂され、心痛めていた身としては嬉しくもあるが、観光地化か・・・と複雑な気持ちにもなる。勝手な言い分でスミマセン。なんと言っても魂の故郷なもので。

6月18日 

■撤去されていた自転車をようやく取りにいく。3000円という「ふざけんなよ。おい」という撤去料を払い、涼やかな風に吹かれて錦糸町までひさしぶりのライド。ご縁があるかもしれない女優さんが出演されている桟敷童子という劇団を見に行った。会場は「ユダの食卓」の稽古場でもあった「すみだパークスタジオ内特設劇場」。
■大掛りな舞台装置が象徴するように志のある劇団だなあ、と思う。俳優も達者だったり突出して魅力的だったりで頼もしいかんじ。装置が大掛かりだから志がある、と思ったいうことではなく、やりたいことをきちんと具現化していくパワーと、裏にあるはずの様々な困難にしんと打たれる。歌ではじまる幕開けは常套手段とはおもいつつ、やりきる力にワクワクした。わたしも演劇人のハシクレであるのなら、その覚悟、できたら傷つけたくはない。しかし残念なことに、そのあとの物語展開がどうにも稚拙。せっかく美しい詩的言語を持っているのに、ただ繰り返されるばかりで妄想がジャンプしていかない。しかもなんだか性善説な世界観。戦争は悪。そしてその対極に善があるという二元論で進んでいく物語。今戦争を書くのにそれでいいのか、と思考が巡る。たしかにお客さんはとても喜んでいたような気もする。ラストの大仕掛けは赤テントも黒テントも知らない世代にはさぞワクワクするものに違いない。こういう後先考えないヤンチャな集団にはがんばってほしい、という心からの気持ちと、しかし演劇はこれでいいのだろうか、という寒々しい気持ちを両方抱いて帰途につく。
■孤独だ、と誰かが言っていた。うん。孤独だよ。でも君さ、だからといってあちら側に行くことができる?

6月17日 

■調味料王国の我が家だが、マヨネーズ、ケチャップ、ソースというのは殆ど使用されることがない。ケチャップはドライカレーを作る時の重要なかくし味なので常備されている(ナスとピーマンの素揚げが入ったドライカレーを比較的頻繁に作る)が、マヨネーズとソースは最近では置かないことにしてしまった。かわりにあるのは、ありとあらゆる各国の調味料である。中華系、韓国系、アジア系、ヨーロッパのいろいろなビネガーとオイル。珍しい調味料がこれでもかというほど常備され、そして実際に使用されてもいる。考えてみればこんな調味料は10年前にはどこにも売っていなかった気がする。ハーブがどこでも手に入るようになったことさえ最近のことだ。
■ついに10月の脚本も本格化。3月はまたとんでもない題材にチャレンジすることにしているので、10月の脚本はなるべく早くあげて3月のほうに取り掛かりたい。おそらく、この題材が演劇になるのは世界初なのではないか。演劇とは非常に密接な関わりを持ってはいるのだけれど、そのものズバリを劇化なんて聞いたことがない。かと言って、「よくそこに目をつけましたね」と感心されるようなものでもないのが寂しい気もする。なのでまずは10月。書き上げなければ。戦いの日々が始まりますよ。

6月16日 

■渋谷でとある女優さんと密会。あんまりかわいくてドキドキしてしまいあまりうまく話せなかった。男の子であればどんなキレイな子でも平然と話せるのだが、女の子はどうもダメだ。あがってしまう。きっとわたしの本質は「オヤジ」に違いない。最後にヨロシクお願いします、と握手を求められヘロヘロになった。かわいかったなあ。ビックリ。
■ヘロヘロな気持ちをなんとか切り替え、劇団WS。今日は「ハムレット」の尼寺のシーンを短く再編集したものでシーンを作ってもらう。前に子育て支援でやったときは各チームにひとり演出家がついたが、今回は俳優ばかりということで、素人というものでもなし、と放っておく。1時間後、中間発表をしてもらったが、これがどうにもこうにもという出来。シーンを作る以前に俳優として立ち姿から直さねばならぬ人、腹式呼吸もままならない人、セリフを回せずつっかえてしまう人、セリフは上手いがアイデアが足りない人、と様々。
■みんないちおう俳優を名乗る人々なのだから、とガンガンダメ出し。劇団員を希望する人のためのワークショップなので、入ってからショックを受けるより今のうちにね。慣れてもらわないと。わたしの知る限り、稽古場でわたしよりキツイ演出家はあまりみたことがありません。しかもふだんが緩いだけにね。
■しかしあの「尼寺へ行け!」というセリフをちゃんと吐ける俳優が何人かいて、それはちょっとスゴイことだ。男優たちは目元涼しくそれぞれ個性的で面白い。風琴工房のオーディションはいつも圧倒的に女優ばかりなのだが、これだけ男優が集まったのは、おそらく辺境の客演陣のオカゲだろう。そんな辺境メンバーのひとり、児玉さんは今スズナリの舞台中だし、来週には「劇」小劇場で杉山さんの芝居もはじまる。皆様、ぜひいらしてください。
■次回は発表に向け劇団員を各チームに投入。詩森も参入してシーンをブラッシュアップすることに方向転換。もっとアイデアを。もっと妄想を、だ。
■終了後はまたも慌しく、詩森と達平くんは新宿へ。WS研、ブックレット班のミーティングがあるのだ。11時40分終了後は、新宿の路上に座り込んで劇団関係の打ち合わせ。終電で帰宅。

6月15日 

■めずらしく決意通り掃除。掃除機があまりに吸わないので、ゴミパックを変えてみたりいろいろしたがダメで、原因を探るとヘッドのところになんと100円ライターが詰まっていた。そりゃ、吸わないとかいう問題通り越して危険だよ。爆発でもしたらどーすんだよ。どうりで昨日、いくら掃除機を掛けても埃がとれないとハズである。ようやく埃が駆逐されたので拭き掃除。最近のお気に入り、クイックルワイパーにつけるタイプのハイテクゾウキンは水拭きで床がピカピカになるのはありがたいが、吸盤でもついているように床に貼りつくので、汗だくになる。いい運動だよ。明日は最後の牙城、洗面台をキレイにしよう。
■そしてシューレWS初日。詩森と山田さんの合同プログラム。昨年は倉品さんと横山さんで劇場発表まで行う大規模なWSを行っており、その体験がいいかんじで蓄積していて、とてもやりやすい。みんな意欲的だし。今年は新しいことに挑みたいと吉行淳之介の小説「驟雨」を題材に戯曲創作。今日はその前段階となる集団創作をしてみたのだが、「驟雨」の世界をやろうとすると言葉が出てこなくなり、自分の言葉にひきつけるとシーンは生き生きと息を吹き返すが「驟雨」は遠くなりと、昭和の花街、そこにあったはずの人々の心の遠さを思う。最後の発表はしかし発表としてはとても面白くレベルも高いものであった。でももう少し戯曲にするときに「驟雨」の世界とリンクさせたいね、と話す。
■反省会兼ねて食事。今回初コーディネータの達平くんに吉野さんがいろいろアドヴァイスしてくれていたのだが、「同年代と気さくに話すのはぼくには課題です」とアタマを抱えていた。なんなんだよ。その不思議な課題は。そんな達平くんは最近はワタシに対してタメ口である。最初はなにかの聞き間違いかと思ったが、どうも気のせいではないらしい。わたしに対する気さくさの何分の一かを彼らに振り分ければいいのではないか。いやしかし、そんなことより一応主宰であり、そしてかなりの年上でもあるわたしに対してタメ口というのは気さくさ通り越して横暴というもののような気がするのだがどうか。躾を間違えた。そう嘆いてもまさに後の祭である。
■夜は夜でまたもWS研のプレゼンへのまとめ。そして明日の劇団WSにむけテキスト書いたり、ずーっとPCの前。夜は更けゆく。

6月14日 

■一日うちにいることができる貴重な日。
■なのでお掃除をいたしました。キッチンの換気扇の。ゴミ袋の中にお湯を張って、中性洗剤に漬け込んで洗ったよ。気になっていた油汚れがピカピカ。満足。
■それで火がつき、年末並の大掃除敢行。
■それでもようやくキレイ好きな人の「掃除の前」くらいのかんじ。なんか埃っぽさがとれない。明日、もういちど床の徹底的な掃除をしようと決意。
■夜ゴハンは鳥肉とバジルのパスタとトマトとモッツァレラチーズのサラダ。パスタの具はセロリと玉葱とたっぷりのニンニクを白ワインで炒めるのがコツ。サラダは塩・コショウ・オリーブオイルとシンプルに。
■夜はお仕事。明日からはじまるシューレWSのための資料やらWS研への提出課題やらそのほかいろいろ。

6月13日 

■またも朝から同じ電車に乗って学会2日目。ちょっとというかかなりウトウトしたりもしたけど、やっぱり面白かったわ。
■そして劇団WS。そうだよ。この準備がタイヘンで今日は眠かったんだよ。ハムレットをテキストにしているので、そりゃあわたしも勉強しないと。それにしても「ハムレット」面白いね。底なしなかんじ。ヨーロッパにおいてはハムレット関連の本を全て読もうとしたらハムレットを読んでいるヒマがない、と言われているのだとか。
■戯曲についてレクチャーっぽいことをしたり、リーディングをしたり。カタマリだった人たちが少しずつ顔を持ちはじめる。最後の選抜チームによるリーディングはすごくレベルが高かった。レアティーズと狂ったオフィーリアのシーン。面白いWSになるかも、とようやく思う。そんな2日目。

6月12日 

■文化経済学会とやらに出席するため埼玉県志木市まで。WS研のコーディネータ、吉野さんが発表をするので、それを見るのと、まあ、アーティストもこういったことを勉強しておいたほうがいい、という吉野さんからの提言もあり、メンバー有志で参加となった。9時に志木で待ち合わせということは7時40分には家を出で、8時4分豊洲から志木直通の有楽町線に乗らねばならない。けっこう命がけ。
■朝から晩まで学会の発表を聴講していたワケだけど、玉石混合の発表とは言え、とても面白く興味深かった。指定管理者制度とか気になる案件についてのまとまった発表も聞けたし、全国の会館・美術館等のこれからについての発表も興味深かった。最近「経済」が世界を読み解く重要なキーワードだと思っている(しかしその方面にはからきし弱い)詩森としては、文化と経済を結びつけるこの学会とそこに集まる方々には興味深々であった。そして、来年の戯曲の題材にしようと思っていたとあるコトを発表テーマにしていた方もいて、またそのジャンルの有識者がたくさんいらしたので、すかさず名刺を交換。ブレインになっていただく約束を取り付ける。そんなこんなで創作面でも実りある一日だったワケで。
■学会の性質上、シンクタンク系企業の方も多く来ていらしたのだが、それにしてもシンクタンクというところには当然ながら現在最も優秀な脳が集結しているワケですね。そりゃそうだよね。シンクタンクを有効利用していくことが企業にとって勝負の分かれ目になる昨今、そのシンクタンクに面白い人々が集まるのは当然だよね。冷静でね。二極化しない価値観の人が多くて話を聞いていてもとても共感できるところが多かったな。人間としても、そして男としてもカッコいい人が多くて、そういう意味でも楽しかったわ。

6月11日 

■前にワークショップに来てくれたHちゃんの公演を観に中野坂上の小さなアトリエへ。30分の芝居なのに道に迷って遅刻。最後はタクシーに乗って辿りつく。芝居自体はまあまあこんなものかな、というかんじだったけど、Hちゃんはとても可愛かった。声もきれいだったしね。
■同じ回を見ていた愛ちゃんとこんどは吉祥寺へ。寺田くんのライブがあるのだ。寺田くんのギターはあいかわらずカッコよかったけど、うたモノだったので、歌そのものの力がもう少し欲しかったな。上手で聞きやすい歌だったし、好きな声なんだけど、ブルースである以上、魂にこないと。カラオケじゃないもんね。
■「さくら水産」で打上げ。安いのはいいけど、なんか悲しくなるような食べ物ばかり出てきた。どことなく餌っぽいというか。そして最終近い東西線で帰宅。明日は6時起き。起きられるのか?

6月10日 

■吉祥寺で市橋朝子ちゃんに会って、着物の受け渡し。わたしには珍しい女の子の仲良しなので、話は当然つきず、もっともっと話がしたかったけど、諦めてこまばアゴラ劇場へ。「三条会」を見る。
■三条会の代表作と言われる三島の近代戯曲集の2本。「班女」と「卒塔婆小町」。何度も見ている方によると、演出をかなり変えたらしい。新しいものに向けての試行錯誤の途上ということなんだろうな、と思いつつ、作品としては残念な出来だったように思う。三条会初見の皆様、このカンパニーの実力はこんなものではありませぬ。今回良かった方も悪かった方も、奇跡のような凄まじい作品を観にぜひもういちど三条会へ。
■それから小里くん、川口くんと打ち合わせ。そのあと達平くんも来て打ち合わせ。打ち合わせ、打ち合わせ、打ち合わせ。公演狭間のこの時期はいつもそんなかんじでございます。

6月9日 

■劇団のワークショップ・オーディションが始まった。
■書類選考で多少絞ったが、人数が20人近くいるという大規模なワークショップ。会場も当初予定していたところから広いところに借りなおした。そして、これだけ毎日のようにワークショップをやっていても、慣れるということがない。根本のところでは向いてないんだろうな、ワタシ。ま、考えてみると演出自体がね。向いてないしね。でもそんなコト言ってられないしね。ガンバリますけど。
■会場に行ったら、やはりドドドッというかんじで人がいた。東京オレンジの横山さんは、どんなに人数がいても名前を覚えてから会場に行くそうだが、詩森にはとても出来ない。カタマリはカタマリとしてしか認識できぬまま、初日終了。
■その後、食事にもいかず、渋谷で山田さんと達平くんとシューレ大学WSの打ち合わせ。来週からは週のうち3日はWS。劇団のWSは多少なりとも有料なのだし、WS生にとって受ける価値のあるものを提供したいものだ。

6月8日 

■劇団仕事のついでに世田谷美術館へ。砧公園の緑は今がいちばんうつくしい。
■宮本隆司の写真展を見る。
■大好きな写真家なのでそれぞれの作品はなんども繰り返し写真集で見ているし、アングルや写り込んでいるものの詳細まで知っているものも多かったけど、こうして一気に見ていくと、また違う感慨があった。世田谷美術館の展示はいつ行ってもシンプルで品がいい。ヨーロッパのお城をそのまま美術館にしたというようなデコラティブでゴージャスな空間も素晴らしいけれど、写真にはこのような無機的な空間が似合う。それにしても写真展に行くと疲労困憊になるのはなぜだ。その眼差しのあまりの強さに圧倒されてしまうからか。
■夜、落ちついて予定表を組む。見るべき芝居とWSの仕事と勉強のためのシンポジウム等でいっぱいいっぱいだ。インターネットを駆使していろんな劇団のタイムテーブルを確認し、スケジュール帳と首っぴきで整理。みるみるうちにスケジュール帳が黒くなり悲しくなる。
■そんなことをしていたら、大切な友人の芝居がすでに終了していたことに気付く。泣きそうだよ。ごめんね。Mさん。Tさん。ふたりも出ていたのに・・・。行くつもりだったのに。
■どーでもいいことですが、今年の梅雨は豪雨だそうです。それは梅雨じゃないだろ。ただの雨季だろ、と思うのだがどうか。

6月7日 

■夕方から横山さん率いる東京オレンジの公演に。
■横山さんやユニポイ版「白痴」に出ていた高橋今日子ちゃんは「今日はとっても残念な出来で・・・」と謝っていたけれど、ずーっと継続してインプロに取り組んでいる横山さんの成果が確実に現れている公演だなあ、と思ったよ。
■観劇後、WS研のコーディネートをしている吉野さんとカフェでおしゃべり。女子トークもお仕事トークも存分に。

6月4〜6日 

■WS研究会の合宿で伊豆高原へ。大学の保養所だったのだが、海を見晴らす高台にあり、部屋はやたらと立派だし、食事は美味しく、日々海の幸を堪能してきた。
■プログラムもミーティング、レクチャー、ワークショップ体験と超充実のスケジュール。今回は海外などからの特別講師はいなかったので、全部メンバーだけで行ったのだが、それぞれお金を取れる専門家が集まっているだけあり、内容的にも素晴らしいものだったのではないか。演出家やそれぞれのカンパニーの看板俳優でメンバーが構成されているため、ひとつひとつの創作のクオリティも非常に高い。特に柏木ワークショップのまとめで行った、「世界最速のバイク集団」とそれより更に上を行く「山田王国」の創作は伝説になるのではないかという面白さであった。
■詩森は知的障害児のレクチャーを担当させてもらったが、自分でもちょっとビックリするくらい話すのが上手くなっていた。もともとが超下手なので、上手になったと言ってもたいしたことはないのだが、それでもなんとか1時間、淀みなく話せるようになったのは去年一年間のWS研の活動のオカゲである。それよりなによりおかしかったのは、終了と同時にメンバーがワラワラと寄って来て、「自分もADHDなのではないか」とか「高機能自閉症の可能性がありそうだ」とか口々に不安を訴えていたことだ。まあアーティストには実は多い障碍なので、メンバーの中にひとりふたりいても不思議は確かにないけど、社会的にちゃんと生活し、アーティストとしてそれなりの成果をあげているのだもの。もし障碍と呼ばれるレベルの脳の違いがあったとしても、べつに良いではありませんか。なんといっても障碍は「個性」ですからね。
■そしてWS研究会はその怪しいネーミングにも関わらず、現在東京で最も熱い演劇シーンである、と今回の合宿で確認したね。面白いよ。WS研。というワケでハードなスケジュールにも関わらず、元気になって帰京。さあて、自分トコのWSオーディションもはじまるし、がんばりますよー。

6月3日 

■明日からの合宿に向けて買い物しようとしたのに、渋谷には目当てのものがほとんどなかった。ネットで調べてから出かけてくるべきだった。どこにあるんだよ。ファンケル。
■それはそれは美しい男の子とわたしの渋谷の秘密基地で密会。残念なことにふたりきりじゃなかったけどさ。本題もそこそこに映画の話と音楽の話。楽しすぎてついつい時間オーバー。買うつもりだった洗顔剤はとうとう買えず。コンビニコスメで乗り切るしかないのか。
■というワケで明日から3日間、WS研究会の合宿で伊豆高原に行ってまいります。これと7月にやはりWS研究会の仕事で神戸に行くのが今年の夏休みなのかなあ。メールは携帯に転送されるんでどうぞヨロシク。

6月2日 

■あまりにも痛ましい。
■そう書くのは簡単だ。佐世保の小学生が仲良しの小学生を殺害したあの事件についてである。
■「原因はわかっていません」、とテレビのアナウンサは繰り返すけど、いちおう劇作家のハシクレであるわたしはヒトがヒトを殺すということは、それを空想上に限定したならばどれほど甘美なものであるかを知っている。
■そして、両親共に亡くした体験から、死はただ消滅なのだというシンプルな事実も知っている。
■そのあいだを埋めるべきなにかが確実に喪失している。復活の呪文はない。殺された子の人生は消滅し、殺した子の人生もまた大きく損われたに違いない。
■被害者の父親が会見しているのをテレビで見た。インタビュアーは言う。「お子さんの将来の夢はなんでしたか?」。鎮痛な声で。「将来の夢」。そんなに欲しいかよ。涙のためのツールがさ。今日のニュースを飾る「ピアニストを夢見る明るい女の子でした」というおざなりなコメントが、こういう無神経な質問によって構成されていることを改めて思う。パチンとテレビを切る。胃のあたりにザラッとしたものが残る。
■あまりにも痛ましい。けれどそう書くしかない。たくさんの事件が日々起こり、わたし自身そのほとんどに対して不感症的になっている。ここまでの事件が起きないと、痛まない「心」をわたしは所有している。なによりもそのことを覚えていたいと思う。

6月1日 

■仕事をガリガリとたくさんする。
■まずはとある野望へむけての申し込みフォームの作成。エクセルでチマチマと作成しなおす。これで半日。この手の仕事は最近すべて達平くんにやってもらっていた。フラジャイルの制作をやってないと、PCでこういった作業をすることもない。でもやっぱり楽しい。好きなんだろうな。こういう仕事が。桃唄の長谷さんが書いたというエクセルの本でも買うか。
■そしてついに楽しみにしていた合宿のためのレジュメに着手。書き出したら溢れる思いが留まらない。ちょっと書きすぎたかも。
■劇団の掲示板を見たらCLPに載ってますよ、と荻野さんからの書き込み。すごいよ。早いよ。さすが荻野さん。さっそくサイトに行ってみると、身に余るような美しい文章で劇評を書いていただいていて、え、わたしそんなにステキな芝居をやったのかしら、と思わず我が戯曲を読み返しそうになった。とりわけ朴と美都子の最初の出会い、寡黙な朴の心情を的確に捉えてくれているその眼差しが嬉しく有難かった。恋だけではない何か、恋でしかない何かを表出できなければ芝居がはじまらないと思っていた。人と人、男と女、そして朝鮮と日本、「今日はちゃんと出会えてた。」「今日はぜんぜん出会えてなかった」そんな抽象的な演出家のダメ出しと繰り返される稽古にどれだけ俳優が耐えてくれたことか。
■なんども稽古場に来ていただいたSさんからもお手紙をいただく。褒め言葉ばかりの手紙ではない。作品が次へと向うためにと丁寧に言葉を尽くしてくださっていた。これもとても嬉しくて何度も読み返す。なんでこんなうつくしいお手紙が書けるのかしら。知性というのはこういう姿かたちをしているんだなあ。せめてきちんとお返事を書こう。書かなければと思う。
■未明までチャットのように達平くんとのあいだにメールが飛び交う。文庫のあとのスズナリの日程が決まり、その次の公演やもうひとつの大切な企画も動きはじめている。ひとつずつ丁寧にやっていきたい。