■2004年3月の日記

4月30日 

■朝から愛ちゃんと小道具探し。風琴工房はいつも恒常的にこの小道具を探している気がする。なんとかならないものだろうか。合間、合間に衣裳を購入。わたしの具にもつかない相談に2日間に渡ってのってくれた、下北の軍モノ屋のお兄さん、ありがとう。おかげでいい感じの買い物ができたよ。
■よしこれで小道具・衣裳はだいぶ揃った気がする。
■それから小里くん、達平くんと打合せ。それから急いで稽古場へ。
■昨日の通しを受け考えに考えた。そして返し稽古は大胆な演出変更を2シーン。どちらもいい変更となった。これも俳優がどんどん上げてきてくれるからだ。思わぬアイデアが自分のうちから湧いてくるのを感じる。俳優に、スタッフに助けられている。「満足」に陥ってはいけない。思考を停止してはいけない。妥協しない。
■稽古場があまりに充実していて呑みに行く必要さえ感じていなかったが、ひさしぶりに呑みに。楽しくストレス解消。そんなこんなで4月も終わっていきますわね。

4月29日 

■今日からスペースBE@吉祥寺。
■昨日我が家で積み込みがあったというのに様々さらなる荷物を持ってトコトコでかける。まずは稽古場仕込。出道具が置かれわたしたちの津田理髪店が出来上がっていく。一気にあがるモチベーション。
■昼は熱心に返し、夜はワークインプログレス的にお客さまを招いての通し稽古。前回とは別モノと言える出来。時間も2時間強と一気に縮む。あと10分切って1時間50分くらいでスズナリに持っていきたい。芝居の神様の尾っぽが見えてまいりましたよ。正直言って尾っぽでさえも、ここ何年も見ていなかった。今度こそ捕まえてやる。
■約束を律儀に守って稽古場に来てくださったSさんにご意見を伺った。取り囲んで話を聞く30代中心の俳優たちがなんだか小さな子供みたいに見える。なんだろう。この心に深々とくるかんじは。その他来てくださったTHE SHAMPOO HAT制作のMさん、ワークショップ研の柏木さん(なぜか柏木さんだけ実名)からもいろいろ意見をいただく。ひとつひとつが沁みとおる。ココロが活性化する。
■そして仕掛け王、舞台監督のまっちゃんと美術の長田嬢から、あの「仕掛け」はいらないんじゃない、と意見をもらう。俳優の力で持っていける。持っていける芝居を作ろう。と言われる。そうだね。そうなるようにがんばるよ。
■さあ、いよいよラストスパートだ。力を振り絞りますよ。

4月28日 

■赤旗で取材。
■その後、上野・下北と衣裳探しに放浪。だいたい目処はついたので、あとは購入すれば良いだけだ。
■そして桃唄309の「おやすみ、おじさん2」を見る。スペクタクルなエンターティメントでございます。初日ということで前半がもたついてましたが、後半30分のチープな盛り上がりは最高ですわ。
■でもってまっちゃんと待ち合わせて我が家で積み込み。いよいよ明日から最後の戦いが始まるのね。

4月27日 

■朝、テレビを見ていたら、ハンセン氏病(すでに治癒)の方が出演されていた。ハンセン氏病がどんな病気かは知っていたつもりだったけど、肉体にどのような爪痕を残すのか、というのを具体的に見たのははじめてだった。指が変形し、口元にも歪みがある。そして、その方は治癒されて後も故郷に帰ったことはなく、もう40年以上も施設で暮らされているということだった。
■ハンセン氏病の施設の方たちが宿泊することを拒否した九州だかどこかのホテルのニュースがあったのは最近のことだが、そのときはなんて偏見に満ちた処遇であろうとこ゜く単純に憤りを覚えたものだ。しかしその映像を見ていて、これはホテル側ばかりの問題ではないなあ、と感じた。それは拒否するホテルにも一理あるよね、とかそういうことではなく、わたしたちがもう少しハンセン氏病に関する知識を得なければこういった事件はなくならない、というそういう意味においてである。つまりあまりに知らないということ。
■よく電車の中でブツブツとヘンテコな声で話している人を見たことはないだろうか。あれはかなりの確率で「自閉症」の方である場合が多い。それは「自閉症」という障碍について知っていれば、すぐに解る。電車に乗っているということは電車に乗る知能を有しており、介添えなしでも他傷などの問題を起こさないことが前提だと思うが、それを知らなければ、あの奇妙な行動は恐怖感を持たれても仕方がないと思う。しかしこの場合、問題があるのはもちろん「自閉症」の方ではなく、それを知らない私たちのほうである。
■例えば温泉宿などという場所で、体に特徴的な歪みをもった集団と大衆浴場で行き合わせた瞬間のことを考える。生理的な怖さを克服できるとしたら、それは病気に対する正しい知識を持ち、また彼らと共有する時間を日常のなかで持つことでしか為しえないという気がする。
■慣れが大切だ、などと書くとどれほどの方に怒られるかわからない。でも敢えて書く。障碍者や病者を隠蔽する国に生まれ育ったわたしたちに、彼らと共生するための素地はただぼんやり日々を過ごしていても得られない。
■テレビという媒体には否定的なわたしだけれど、今日のように、ハンセン氏病の方をスタジオに招き、その存在を広く伝えることの力は、テレビだからこそ発生したと言えるだろう。
■先日放映されていたテレビ「砂の器」はわたしは見ていないけれど、あれはハンセン氏病差別が引き起こした犯罪を題材としたものだ。今だに日本映画で感動した作品というと「砂の器」を上げるわたしが、「いまどきハンセン氏病で成立するのかな」と飲み屋トークでかるーい調子で言ったのはごく最近のことだ。「なんかねーそこは変えたみたい」と友は答えたし、それに答えてさらに「ふーん。まあそうだよね」ともっともらしく言ったように思う。でも今だからこそハンセン氏病だったんじゃないか。テレビという媒体で思い起こさせることが必要だったんじゃないか。だって「砂の器」はそういう話じゃないか。言ってしまった自分の唇が今更ながら寒い。現実にあるたくさんの肉体。名前を告げたとたんに無言で切られた故郷への電話。施設以外には世界を赦されなかった何十年という日々。
■そんなこんなで朝からいろいろ考える。門前仲町の詩森御用達リサイクルショップで衣裳を探してからチラシを1000部持ってサンモールで折込み。
■いそいで稽古。今日ははっきりとした停滞。よくなったと思っても定着しない。下手というのはこういうことか。
■しかし明後日からは固定稽古場での稽古が始まる。最後の公共稽古場での稽古がこのように終わってしまうと、固定稽古場に移るのも気が重くなる。なんていっても固定稽古場に移るのは本番直前の証ですからね。

4月26日 

■洪さんが来てくださって朝鮮語。ほかの俳優たちはまた隣の公園で稽古。増田くんから帰り道に思わぬ提案を貰う。「やってみよう」と即答する。足立くんと稽古場の片隅でオススメの本を交換。そういえば飲み屋での杉山さんとのちょっとした会話からも演出のアイデアを貰ったっけ。「記憶、或いは辺境」はそんなふうに作られていく。演出として成長させてもらっている。
■稽古後、舞台美術の打ち合わせ。舞台監督の松下くんから「発注はかけたけど、あれでいいの」という提案を受け、もう発注をかけたプランをさらにブラッシュアップするために集まったのだ。松下くんも長田嬢も仕込み終わりということでボロボロ。そんなわたしたちの前に新しく作られた1/25スケールの模型。長田さんの苦悩の跡を滲ませる数パターンのパネル。そして、そのうしろにあるオブジェ的な装飾。このパネルの形がいい、とすぐに決まったけど、ウシロがどうもピンとこない。どうだろう、と話していたところに、今回のことを提案してくれた当の松下くんが一言。詩森および長田嬢ちょっと唖然。そうだよ。その通りだよ。なんて美しい提案だろう。そしてその提案にちゃんと反応できる長田嬢の柔軟な感性にも感動する。「悔しい。悔しい」と言ってたけど。そりゃわたしも悔しいさ。できることなら自分で思いつきたかったもの。そのようにして、演出家として無限の可能性を感じる舞台プランを手渡され、ああ、舞台というのはこのように作るのか、と教えられる思い。まっちゃんありがとう。なのに写真撮ってるとき「ヤクザみたい」とか言ってゴメンよ。ちなみにまっちゃんはヤクザみたいですが、舞台監督としてはちょっとどうかと思うほどのイケメンでもあります。ホントだよ。このような紆余曲折を経て、わたしたちが一致して辿りついたその結論はどうぞ劇場でお確かめください。

4月25日 

■時間がいくらあっても足りない。話す。返す。話す。返す。こんな濃い稽古場がかつてあったか。
■昨日作ってきてくれた音楽の件で寺田くんと電話。基本路線にようやくオッケーが出る。てゆーか、いいよ。コレ。ただラスト曲がね、○○○っぽすぎない?と言ったら「言われると思ったよ」と寺田くん。原因はハッキリしているので、これを基本にアレンジ変えていこう、と確認しあう。昨日の通しについても多少の話。今回の作業を通じて痛感しているけど、寺田くんが友達でよかった。苦しい作業だけど楽しい。問題点を共有しながら嘘なく表現に向っていける。わたしたちの関係性がここまで来るには時間もかかったけど、無駄じゃなかった、とそう思う。
■今回出演をオファーし叶わなかったSさんという俳優さんから思わぬFAX。「稽古に伺っていいですか」とのこと。スケジュールの問題と脚本、特に自分の役に関する不安で出演が叶わなかったというのに、「脚本を何度も読み返して、詩森さんの想いが徹底的に具現化することを祈っています。」と書いてあった。出演を断る際にも丁寧な手紙を頂いた。「わたしたちが出会うべくして出会ったのなら、今回でなくても絶対に機会があります、あなたの書こうとしているものがぼくは好きです」、と書いてくださっていた。社交辞令ではなかったのだ、と改めて思う。いや、社交辞令なんてSさんは考えたこともないのかもしれない。若い俳優ではない。わたしよりずっと年上の、わたしなんて存在を無視されたって仕方ないくらいの俳優なのだ。有難くて涙が出そうになる。Sさんのそこにいるだけで泣けてくるような存在感は、やはり人間性から発露しているんだ。嘘はつけない。舞台という場所は。自分の浅はかで自己中心的な人間性を思い、消え入りたくなる。FAXはPCからいつも見える場所に挟み、公演まで何度も見返そう。

4月24日 

■初通しをした。驚愕の2時間16分。テンポがとても悪かった。それにしても短すぎるんでは・・・と心配することはあるが、こんなのひさしぶりだ。脚本のカットとテンポアップであと20分切る。なので取りあえず2ページ分くらいカット。ざっと計算して5分切ったことになる。あと1ページから2ページカットしなければ。それはいったいどのように。でも、脚本のカットなんてしたことないから新鮮。
■初通しを見に寺田くんが来てくれていたけれど、寺田くんやスギーは松岡に任せて、わたしは愛ちゃん、仁さんの主役コンビと飲みに行く。いろいろお話。意義深いお話が出来たのではないかと思う。いつも寡黙な仁さんが「話そう」としてくれている、その構えが嬉しい。恵まれている。この稽古場からぜったいにいいものを生み出してやる。

4月23日 

■今日はホンを持ってリーディング。問題点がハッキリと炙り出され、ちょっと衝撃を受ける。演出が出来ることなんてほんの少しと実感する。よくなった気がしてただけでなんの根本解決にもなっていない。
■俳優という職業のことを思う。
■ダメなものにはダメといい続けるしか手がない。無能だなあ。わたし。

4月22日 

■まっちゃんと高津へ。すごいイキオイで小道具・出道具を探す。
■その後馬喰町でタオルやら物色した後、映画版ブリッジ再編集版を見に行く。
■家に帰ってDM。稽古のオフはつまらない。
■とつぜんだけど「自己責任」という言葉はわたしは好きだ。自分の責任で生きていきたい。誰かのせいにする人生はイヤだ。なのにこの言葉の現在の歪められ方ときたらどうだろう。
■この件に関しては自分のなかでまだ結論がきちんと出ていないのだけれど、その過程ということで思考の整理のためにここから先は書く。
■まずはNGOなんだけど、戦争の後始末はアメリカや軍隊ではなく、国連が主体でNGOと協力しあって行うことのほうが正当なのではないか、とわたしは思う。NGOの方が危険地域に行って責められるなら、NGOの存在自体を認めるべきではない(もっともNGOがアマチュア的なボランティアと同義にされているのも問題で、現在NGOに所属している方の中にもそうしたアマチュアリズムは存在しているようにも思う)。ジャーナリズムに関して言うと、わたしはジャーナリストなんてひとりもイラクに行かなきゃいいんじゃないか、などと思うこともあるので(もちろんそれは現実的ではないし、ジャーナリストが行かないで軍隊だけが行っているなどという状況は怖ろし過ぎる。ただなぜそのようなことを考えるかというと、テレビ媒体や紙媒体によって、あまりに劇場的な構造がかの地には形成されていて、それがアメリカを増長させ、さらには「無傷で戦争を楽しむわたしたち」を増長させているような気がするからなんだけれど)、諸手をあげてジャーナリズム万歳というのでもないのだけれど、それでもジャーナリズムが戦地を目指すのは職業として当然「ある」ことだし「責務」とも言えるだろう。これを非難することはわたしたちの表現の自由を脅かす行為であるといえないだろうか。
■危険勧告地域とは言え、飛行機が飛び、例えそれが「観光目的」であったとしても、入国できる場所だというのもまた見逃しがたい。入国できる場所に人はその意志によっていく権利がある、と思うのは拡大解釈にすぎるのだろうか。
■それはまあ極論だとしても。人質となった方たちが「立派な目的」でイラクに行ったかどうか、ということはわたしにはわからない。わからないけれど、例えば解放後の映像や、発言、例えば家族の方の態度などを「気に入る」「気に入らない」で世論が形成されているようで(世論とはもともとそういうものかもしれないけど)、それはやはり違うんではないかという気がする。感情論に走ってしまいそうな時は原則としてはどうだったんだろう、と立ち返る必要があるのではないか。そしてその原則に対する認識の違いを擦り合わせていくことでしか相互理解はありえない。わたしも実は人質の方が開放される前は「どちらかと言えば自己責任派」だったりしたし、「気に入る」「気に入らない」の問題だけなら、ここに今書いていることと微妙に温度差のあることを感じているので、そのように強く思うのだけれど。
■なので、誹謗中傷する人たちを「バカ」という言葉で括るのも何か違う気がする。そんな言葉で人を罵倒することからは何も生まれない。わたしも個人的にはよくそういう言葉を使い他者を拒否する品性卑しい人間だけれど、公共であるこの場所では少なくとも使いたくない。
■それにつけても「自己責任」が脅かされるのが戦争だ、というのは今回のことでよくわかった。わたしのささやかな人生を「自己責任」で生きていきたい、と思うとき、個人では責任などとりきれようもない今回のような事件に対しどう結論づけていったらいいのかと、困惑する。もし「人質になっても救出作業は行わないでください」と念書を書いて戦地に赴いたとしても、国は国でその責任において救出のために動くのが義務であり、この念書をタテにそれを行わないことはそれこそ世論が許さないだろう。この矛盾について考えるとき、個人が生き難くなる戦争は一日も早く終わって欲しいとそれこそ感情論的におもってしまう。
■そして蛇足ながら付け足す。反戦派は小泉政権を「バカ政権」と呼んではばからないが、わたしにはどうもそうは思えない。朝令暮改があたりまえの日本の政治において、ひとつの指針に則って意志を貫徹するマッチョな政権である。小泉支持派はその政治の方向性ではなく、この強烈なリーダーシップを支持しているのではないか。こんな政権はあまり記憶がない。ついに世論を操作し味方につけることに成功した。これは「バカ」で出来るワザではない。それがどうも間違っている方向に突き進んでいることに恐ろしさがあるように思う。これに拮抗していくためには理性的にならねばならない。
■以上が我ながらかなり不安定な足場に立って現在わたしが考えていることである。明日はどう考えているかわからない。いつも思うけど、わたしは論理的にモノゴトを考えようと思うとすぐ手詰まりになってしまうのだ。悔しいけどアタマの構造がどうもそうなっていないのだから仕方ない。揺れている。揺れながら考えつづけていきたい。

4月21日 

■昼はフラジャイルで御一緒した瀧山雪絵ちゃんが出演している「新近松心中物語」を見に行く。ホームページで劇場の場所を確認し、いざ、浜町にある明治座へ。ところが13時開演10分前についたというのに場内が閑散とし、受付嬢がポツンとひとりで座っている。それもその筈、「新近松心中物語」は明治座主催公演ではあるが劇場は日生劇場だったんである。ガーン。やっちまった。ずっと明治座だと思い込んでいたよ。
■タクシー飛ばして日生劇場へ。なんとか幕開きがちょっと欠けるだけで滑り込み、雪絵ちゃんのシーンはちゃんと見ることが出来た。「近松」はその昔、帝国劇場で太地喜和子版を拝見しているが、あれー、こんなスカスカしたホンだっけー?!と不思議なものを見るような思いで見る。骨しかないよなホンなんですよ。太地喜和子のボリウムが凄まじかったんだなあ。感動したもんな。あの時。震えるほど。まあいまよりずっと子供だったというのもあるとは思うけど。それでもこんな大舞台に、ちゃんとセリフのある役で立っている雪絵ちゃんには誇らしい気持ちになった。それはやっぱりすごいことだと思うんだよね。
■衣裳のことをいろいろやって、それから稽古。昨日停滞したシーンをさらにしつこく返す。ほかの俳優たちは稽古場のとなりの公園で自主稽古。スミマセン。スミマセン。でもその甲斐あって、シーンがガリッと音を立てて変わった。演出・俳優共に死闘3日。妥協しませんよ。
■シーンが良くなったら、ここまでカッコよさ一辺倒だった朴@仁さんの弱さみたいなものが仄見え、演出家の領分を超え女としてグッときましたわ。惚れに惚れた今回の主演男優でございます。皆様どうぞお楽しみにね。

4月20日 

■紀ノ国屋ホールへ折込へ。途中人身事故。もともと遅刻が微妙だったが、10分遅刻。一跡ニ跳の制作であるKさんと歓談。「行けないケド来て下さい」みたいな。スミマセン。ホントにホントに行けないんです。
■いっしょに行った愛ちゃんと中村屋でカレー。その後、紀ノ国屋書店をウロウロしていろいろ調べ物。しかし、必要なものが見つからない。使えないよ。紀ノ国屋。まあ「チマ・チョゴリの作り方」とか「もんぺの作り方」なんて売ってるワケないか。現在「戦時下」ということで戦争関係の歴史書はずいぶんあったけど、肝心のことが載ってなかったりして。ああ、資料集めしてくれる秘書が欲しいよ。
■でもって稽古。信じがたいことに、昨日停滞した5分ほどのシーンが詰まらず、決まらず、今日も時間切れ。最近は最初にひとつかふたつシーンを止めずに通してダメ出しというのをやっているので、そこばかりを稽古したのではないにしろ、すべての俳優が見守るなか、たったふたりのシーンを2時間あまり返し続けて、すっかり稽古場自体が疲労困憊状態に。
■今日はタクヘイさんと寺田くんが来たので、打ち合わせ兼ねて飲みに行く。タクヘイさんは相変わらずダメーなかんじだったが、寺田くんが今日作ってきた音楽をさりげなく全ボツにしていた。油断ならない。わたしはわたしで寺田くんが前に作ったとある曲みたいなカンジがいいんじゃない、とついウッカリ言ったら、「それは俺だってわかってるんだ。でも自己模倣になりたくないから頑張ってるんだ」と涙目になっていた。そうだよね。そうなんだよ。そのヨコで、「ねーねー樺太ってセミ鳴くかな」と言っているタクヘイさん。鳴くと思います、と北海道出身の増田くん。セミの声は詩森&タクヘイさんの定番で、寺田くんにはよく「またセミかい」と怒られる。なんせ吹雪でもセミ鳴かせちゃうくらいだから。今回セミが鳴くとしたら、きっとアソコよね。ホラ、そうよね。わかる。わかる。わたしも「ここはセミだな」と思ったもん。自己模倣だろうが定番だろうがいいものはいいという構えのタクヘイさんである。それにしても寺田くん、こんなにボツってるのは、ひさしぶり。「こういう作品は苦手分野だけどやりたい」と言ったのは謙遜でもなんでもなかったのね。そりゃそうか。謙遜なんてする男じゃないか。わたしとしたことが。昨日今日のつきあいぢゃあるまいしな。
■さて、明日の稽古は天王山。やりますわよ。

4月19日 

■今日から映画「BRIDGE」の再編集上映がある。わたしはパンフを作ったので、会場までそれを持っていく。やや遅刻気味ではあったのだが、両面コピーを取れるところがなかなかなくて、さらに自転車で行ったら八丁堀の駅付近で迷いに迷い大幅に遅刻。泣きそうになりながらエレベーターを降りたら、いくらリトルシアターとは言え、このエントランスは・・・というような畳半畳ほどのスペースに不条理に受付があり、そこに小里くんがいた。なんか別役っぽかった。みなさんよかったらぜひ行ってあげてください。詳しい情報はコチラ
■でもって稽古。昨日終わらなかった5場。足立くんからナイスアプローチがあり、しかもそのアプローチを成功させてくれて、ちょっと感動する。そして昨日はブレーキだった松岡さんが今日はよかった。しかしその先を狙いたい。この5場には女流作家、そして女流演出家としての意地がかかっている。
■しかし、その次がうまく行かない。繰り返し、繰り返しやったがタイムアップ。なんとテマヒマのかかることよ。あたりまえか。あたりまえだよ。
■体験的に言って「勝負の一週間」が始まりましたよ。

4月18日 

■というワケで気持ちを切り替えて。なりふり構わず稽古しましたよ。笹野・椎葉の徹底稽古。なんか演出というより、サーカスの調教師。
■昼は寺田くんが新たに2曲を持ってくる。これはオッケーライン。そして、懸案の場面転換を作る。だいたい上手くいったので、なんかホッとする。あとはヘアカットマジックイリュージョン(意味不明、本番で確かめておくれ)を考えないと。
■夜は、票券管理の小里くんが来る。2、3日前から俳優たちは「小里くんはいつ来るんだ」と相当気にしていた。1週間ほど前から予約に関するプレッシャーに満ちたメールが続けて来ており、来るまでになんとか予約を取ろうとしていたのだ。メールで送っても良かったのだが、来たときに渡したくてためていたようだ。みんな渡せて微妙に嬉しそうだった。仮にも岸田戯曲賞最終候補の小里くんに票券管理をやらせているわたしたちもわたしたちだが、有能なんですよ。票券管理者としても。これがホントに。
■家に帰ったら舞台監督のマッちゃんから電話。そんなことまで考えてくれてるんだ、というアプローチに驚くと同時に気が引き締まる。いろいろな演出家から愛されているハズだよ。わたしもがんばらないと。

4月17日 

■稽古はちよっと停滞ぎみ。いけないわ。気持ちを切り替えていかないと。

4月16日 

■昼間はreset−N「裸のランチ」。ビートニク。「裸のランチ」である以上、わかりやすさなんて求めない(クローネンバーグの映画はわかりやすくてビックリしたけどね)。集団として、あたらしいものにチャレンジする、その心意気、わたしは買いたい。でももっともっと時間をかけなければならなかったのではないかと思う。作品としてはまだまだ先があったような気がした。
■わたしはギンズバーグにもバロウズにもケルアックにもハマれなかった。だからもともとが「裸のランチ」をやりたいという衝動自体理解できてないのかもしれない。どれもこれも後づけで、レイモンド・カーヴァーあたりから遡ってオトナもオトナになってから「読んでみた」という程度のもの。ニューエイジよりはヌーベルバーグ。そんなオリーブな少女時代を過ごしたもので。アメリカ産の文化なんてなんでもかんでも否定していたっけ。いまはもちろんそんなコトはなくて、ポール・オースターの小説を読んで、ジャームッシュの映画を愛する。ごくフツウにハリウッド映画にも行く。
■洪さんの録画が上手くいってなかったので、やはりreset−Nにきていた彼女にお願いして再録画。のち稽古。
■寺田くんが曲を2曲作って来てくれた。すごく丁寧に作ってあったので、ほんとうに申し訳なかったけど、両方ともなんかイメージと違う。これはダメかも。とは言えもう少し検討したくて「CD持って帰ってもうちょっとちゃんと聞いてみるね」と言う。稽古を見た寺田くんは、「CDは持って帰るから」と持って帰ってしまった。自主ボツ。
■でもって残念会と称して呑みに行く。稽古も佳境でございます。

4月15日 

■ひさしぶりの稽古休み。ダイレクトメールを準備したり、本を読んだり、衣裳プランを立てたり。アッというま。
■今日の夕食はプルコギ。食事していたら、人質解放の報。
■まずはよかった。よかったと思う。でもニュースはすぐに切る。3人の方や家族、もしくは政府に対するさまざまなバッシングの、そのすべての論調が暴力的でイヤだ。どこにも組せない、と思う。

4月14日 

■青年団若手「東京ノート」を見てから稽古場へ。
■今日は韓国語。ユニークポイントの洪さんがテキストを作ってくれて、発音を教えてくれた。たいした量ではないと思っていたが、異国の言葉に変換されると、なにかとてつもない物量に思えてくる。俳優の顔が蒼ざめていく。
■作家の鷺沢萠さんが亡くなった。心臓発作だそうだ。まだ若い。最近のものはわたしの好きな彼女の特性が薄れてしまった気がしてあまり読んでいなかったけれど、初期の短編が好きだった。まだ10代、せいぜい20代のはじめだったろうに、なんであんなにも哀しくやさしい話を、あんなにも上手い文章で書けたものか。「痩せた背中」という短編はとくに思い出深い。最初に読んだときは主人公の男の子の心情に寄り添って読んだ。男に執着し狂っていく女をただ見ているだけの苛立ち、そしてそれを理解してしまった瞬間のポッカリとした哀しみ。今なら女の心持ちに寄り添うかもしれない。また読み返そう。そういえば彼女は三世で、しかもそれを大人になってから知り、韓国に留学し、そのアイデンティティの源を追い求め、その軌跡が何冊かの本として残っている。35歳。最近は自身の戯曲で演劇のプロデュースもされていた。ご冥福をお祈りしたい。
■ここまで日記を書いて図書館に行き、読んでいない彼女の本を2冊ほど借り出してきた。そしてニュースを見たら「自殺」だったと第2報が流れていた。胸が詰まる。読み通せるだろうか。

4月13日 

■稽古はとあるシーンであからさまに停滞。シーンが上手くいかないのは仕方がない。キャリアが薄く未熟であれば、時間がかかるのも仕方がない。しかし、そこにあるプロ意識の欠如が気に入らない。そんなものは、いくら年若くても、いくら経験がなくとも、いますぐにでも手に入るものだ。
■池ノ上のコンビニの前のプラスティック製のゴミ箱の上に模型を組み立てて、長田嬢が待っていた。それを覗き込む俳優たち。足立くんから「この水道、水が出るんですか」と素朴な質問。「うん、出るよ」と答えるわたし。「ホースとかで引き回して」とさらに足立くん。ホースで引き回す以外にどーすんだよ、とは思ったが、「うん、たぶんホースで」と答えておく。コンビニからの明かりに照らされて、大勢の大人がかわるがわるシルエットになってちいさな模型を覗き込む。ふしぎな風景。

4月12日 

■松岡・吉川・仁さん3人きりで静かに静かに稽古する。細かなニュアンスをつめていく。うつくしい時間。
■稽古後、長田さんと待ち合わせ、プランの最終形の話。前回見せてもらったものから更に改訂が為されている。見た瞬間、「ああ、これでいい」と思う。舞台となる理髪店、ではなく、わたしたちの「樺太」がそこにあった。作品のためにと最後まで粘ってくれた長田さんに感謝。
■うつくしいいちにちだったのに、わたしのせいでだいなしにした。しかし詳細は不明。というか悲しくて言えない。

4月11日 

■自分で書いたコラムにこれでいいのか、と揺れる。少しづつ書きなおしたり、書き加えたりしている。時間をかけて書いていこう。しかし事件のほうはもう時間がないようだ。まだ解決していないし、まだ安否もわかっていない。
■イラク関係の情報がかなり収集されているブログがある。マイナーな個人ページだけどとにかくよく収集されている。そのブログとはコチラ
■ブログってナンダヨ、とあまりにわからなくて、ここまで導入していなかったけど、辺境ブログを見ていてようやくその仕組みと価値がわかってきた。そのうち導入を検討しようかな。
■今日もまた一日稽古。
■とにかくギッチリ稽古したよ。
■俳優の演技が良くならないときはよほど愚鈍でダメな俳優でない限りわたしのディレクションがあたってないときだ。指摘が間違っているというより言葉が届いていないということ。
■ラスト近くのたいせつなシーンがひとつまるでうまくいってなかった。そして今日もまた低調だった。キレのあるディレクションができてないのはわかっていた。ぼんやりとただダメだ、と思ってしまうのだ。苦し紛れに言葉を連ねているうちに言ったとある言葉が俳優に、そしてわたし自身にもコツッ「あたった」のがわかった。その言葉はいままで思いもよらなかった言葉だった。ああそうか。そうか。そういうことなんだ。この言葉を知っていたら以前やった芝居のあのシーンもこのシーンももっと上手くいっていたのになどとも思う。
■俳優の演技をこんなにも劇的に変化させる力が演出にはある。というか責任だな。
■まだまだ未熟だ。演出としてのもっと的確な力がほしい。

4月10日 

■朝起きてニュースを検討。昨日来たメールの中から出自がきちんとしていて、関わっている人のことも知っている声明文等に署名。論旨すべてに賛同出来ないが、さすがにそこまで言っている場合でもない。またメールの転送はしない代わりに風琴工房の掲示板に現在の詩森の考えをアップ。
■稽古は一日稽古。
■ちょっとどうかと思うほどギッチリとやる。座って語るシーンが難しい。俳優の集中力も限界だ。しかしここは詰めれるだけ詰める必要がある。ここだけの抜き稽古を設定してあるのでその日に向け演技をブラッシュアップしておくようにその方向性を指示。
■帰ってきてから掲示板に書いたものに多少の補足を加えたものをサイトにアップ。

4月9日 

■ほとんど一睡もせぬまま、折込み。
■そのあと大久保のコリアンプラザに達平くんと。
■でもって稽古。寝てなくてボンヤリしてしまうかと思いきや、いつもよりずっと冴えていた。たまには冴える詩森の演出。
■帰ってきたらたくさんのメールがいろんな人から。在イラク邦人の命を救うための署名嘆願メール。どうすべきなんだ。これは。と思ったけど、今日はほんとうに疲れ果てていて、情報をきちんと把握することさえ難しかったし、ニュースもザッとしか目を通せず、しかしそんな状態で署名だけするというのもどうだろうと思い、態度保留で就寝。

4月8日 

■なんだかたいへんないちにちだった。まずはエリザベート2回目。1回目よりずっとおもしろかった。アンサンブルの迫力が増していたのが大きい。天井桟敷みたいな席だったけど、それでも楽しませてしまう底力がスゴイ。しかし、やはり一路真輝のエリザはどうかとも思う。山口トート閣下はなかなか愉快だった。歌の上手さはもちろんだが、キレがなく鷹揚な仕草と、コブシを握るポーズがアンバランスでそうとうスリリング。いったいどういう演技コンセプトで演じているのだろう。ナゾだ。
■それからスマイル・ザ・スマッシャー@ペンギンプルペイルパイルズ。1週間に1回のオフなので観劇は避けたかったが、そのあとこれに行ったらぜったい家には帰れないという美術打ち合わせがあったので、ヤケになってチケットを予約してしまった。作品は言われるほど難解ということでもなく、わたしにはよく解ったし、非常にきちんと書かれているとも感じた。こういうものはわたしは書けないけど、好みだ。しかし演出の方向性がどうもピタッと決まっていない気がする。
■ここのところ、演出どうなんだろ・・・と感じる舞台が続いている。いい俳優がたくさん出ているような気がするんだけどな・・・といった中途半端に燃焼しきれないかんじの舞台だ。そこで疑うのは「満足」という言葉である。好きな俳優を集めその俳優のために楽しんで役を書く。「満足」。俳優同士もお互いの力量があることを知っているから、高度な作業をしていると思っている。「満足」。ほんとうはもっと先があったかもしれない作業が「満足」に蝕まれていく。
■アレレ、それってウチの次回のコトじゃん。大好きな俳優ばかりがわたしの好きな声でわたしのセリフを言っているワケでしょう?これでいい結果を出せないのなら、演出はするべきじゃない。誰か別のひとに任せるべきだ。プレッシャーは大きい。
■でもペンギンプルペイルパイルズには頑張って欲しい。若くて才能があってしかもきちんと評価もされはじめている劇団、そして作家。貴重だ。
■その後、美術打ち合わせ。ステキなプラン。来週の発注にむけ懸案事項をひとつひとつ潰す。決定を誤ってはいけないと神経を研ぎ澄ませていたら、「気に入らない?」と長田さんが心配していた。いやいや気に入ったからこそ、ちゃんと考えているんです。長い長い夜。
■長田さんが来るなり、「たいへんなことになったね」と言った。タイヘンなこと?それはもちろんイラクで起きたあの事件。それはたいへんなことだよ。ついに。

4月7日 

■昼間はぽかりん記憶舎の撮影のための通しを見せていただく。
■好きなことだけやっているような力の抜けた作品で、わたしは楽しく拝見した。稽古のあいまに見るのに、なんというかちょうどよかった。ちょうどよかった、と書くと軽んじているようなイメージになるけど、そういうことではなく、よいタイミングでこれを見たということ。時期が違ってたら、小品集というスタイル自体を物足りなく感じたかもしれないし、疲れていたほうが楽しめる不思議な作品のような気もしたし。
■引き続き稽古はガリガリと音でも立てるように。
■そういえば児玉さんは昨日バイクで信号待ちをしていて車に追突されたらしい。なんでも慈恵医大に運ばれ精密検査を受けたのだとか。ひえーっ。まあ大事には至らなかったから良かったけど。もう稽古のコトしか書くことないだなんて贅沢は言いません。稽古のコトだけ考えて生きていきます。
■というワケで飲みにもいかず、早々に帰宅。

4月6日 

■昼間は東京タンバリン「たゆたう」。いっしょに見ていたリリーちゃん、演出助手の辻さんとカラテチョップでお茶。詩森は下北滞空時間のかなりの部分をこの店で過ごしている。食事も飲み物も美味しくて安い。スイーツもちゃんとしている。夜はコミコミだけど昼間はたいてい座れるし。
■稽古に行ったらペットボトルのお茶のオマケについていたデコボコのスーパーボールに俳優(主に足立くん)が夢中であった。コドモだ。
■今日はデリケートで難しい稽古。ついに一日かけてもシーンがひとつ終わらず。
■それにつけても気になっているのはクサマトリックスおよび森美術館のことだ。
■べつに六本木ヒルズに行きたいとか草間彌生の大ファンであるとかそういうことではない。しかしあれだけ錚々たる現代美術アーティストを集めながら「なんだか人が多すぎてグッタリしてしまいハマれませんでした」とか、「草間彌生があんなに冴えないかんじに見えるなんて」という声ばかりが聞こえてくるそのことに興味がある。草間彌生が負けてしまう空間とはいったいぜんたい。何かが飽和していないとそんなことにはなるハズがない。空気中に何かが。なんといってもその過剰さと腹部膨張感でヒトをグッタリさせることに関しては他の追随を許さない草間彌生である。たとえそれが屋外であっても人工甘味料を思わせるバッタモン的な空間に変えてしまう草間彌生である。いったいどなんところなんだ。六本木ヒルズ。そして森美術館。漏れ聞いた話では六本木ヒルズの最上階に24時間利用可能の会員制図書館があり、しかし、その収蔵図書はビジネスハウトウものとマンガ(ex.バカボンド)で占められているそうである。月会費6万だかを払えるといったら日本の中心を為すエグゼクティブではないのか。そういった人々の知的好奇心のレベルがほんとうにその程度なのか気にかかるところである。
■どうでもいいことを書きました。稽古以外にやってるコトがないので稽古のことを書くしかなく、自分の日記に少々飽きてきたのです。いやいや。もちろん稽古は楽しいですよ。でもねえ・・・。
■どっかいきたいよ。春だしな。

4月5日 

■増田くんが北海道弁使用部分を直してくれたデータに今度は盛岡弁を打ち込んでいく。1時間くらいで終わるかなと思ったらとんでもなかった。シーンは懸案の2場。たのしくあかるいシーンとなりホッと一息。それにしても一日1シーンじゃ時間を持て余すかなと思ったらとんでもなかった。時間が足りないくらいだ。帰ろうと思っていたら寺田くんが来たので打ち合わせ兼ねて飲みに行く。話を聞いているだけでたいへんそうだが頑張ってもらうしかない。
■劇中で熱烈な愛を生きるカップルがいるのだが、脚本でふたりが絡むシーンはほとんどない。なので「箱庭の地図」のテキストを用い、絡みのシーンを作ってみる。おおっと、こうなるのか。なるほどうまくいかないハズだ。なのでまるきり関係ないが、「箱庭の地図」のシーンを少しづつ作っていくことにした。恋しておくれ。

4月4日 

■今日から土日は一日稽古。
■昼間は方言に脚本を直していく作業。最初はすべて北海道弁にしようかと思っていたのだが、ネイティブの増田くんに直してもらったら、ちょっと開けっぴろげすぎて色気に欠けるねえ、ということになり、試行錯誤の末、様々な方言が混在するスタイルに。なので舞台は北海道弁、盛岡弁、茨城弁、朝鮮語なまりの日本語、標準語、朝鮮語とありとあらゆるイントネーションの言葉が飛び交う。だんだん影響されあって風琴工房なりの樺太が表出すればよい。詩森のネイティブ言語である盛岡弁は精露路でも使っているが、今回は一歩進めておばあちゃんたちが話す綺麗な綺麗な盛岡弁にセリフを直してみた。京都弁と並んで優雅な方言であると言われている正調盛岡弁。女性が話すと特にうつくしい。それにしても方言にしたとたん女優さんの表情が生き生きと美しくなったのにはビックリ。方言というのは徹底的に「話すため」の言語であり、感情やメンタリティ、地域性と密接に関わりあい、なおかつその関りに無理がない、極めて優れたコミュニケーション・ツールなのだと改めて気付く。「そだった。そだった。こったな風にひとと話してたっけおんね(そうだった。そうだった。こんなふうに人と話していたっけなあ)」。
■夜はタップリと一場を返す。まだでも演出が刈りこんでいく時期ではないようだ。言葉をモノにしたのちの俳優の次のステップが待ち遠しい。稽古場を出ると氷雨。今年の桜はかわいそうだ。雨のたび、わたしはとある小さな小さな地面のことを思う。帰り道を少しだけ見失いそうになりながら、とぼとぼと帰宅。

4月3日 

■桜の花はもう散り際。うつくしい。稽古に行く前のほんのわずかな時間、わたしがまどろむ、その目の前のちいさな公園が桜の花で埋もれている。いつもとちがう道を通って稽古場にゆく。道というのは不思議なくらい、こちらから見るのとあちらから見るので風景がちがう。おんなじ道なのにね。
■昨日ダメなかんじだったメンツはやはり帰れなかったようだ。某K氏がわかりやすい二日酔い状態で登板。自制して飲みは1週間に1回にしている今回だが、その1回がここぞとばかり爆発してしまっては、あまり意味がない。始発まで飲んでいたのではお金だってかかるだろう。週2回程度が妥当なのか。そうなのか。それにしてもそんなことまで心配しなければならないのはどこかオカシイ。平均年齢ならばここまでの最高記録をマークしているハズの今回なのだから。
■先日から続けているシーン稽古がひととおり終わり、また明日から動線なども決めつつの2巡目。これからの課題を申し述べ、それでも1時間ほど時間が余る。そのまままた1場をやってもよかったが、せっかくなので前々からやってみようと思っていたダンスのワークショップをやってみる。これはかなり楽しいプログラムだと自認しているが、それにしてもみなのハシャギっぷりときたらタイヘンなものであった。特に杉山さん@ダメキングの邪悪な上半身の動きと表情には一同釘付け。しかし詩森賞は妖しい腰の動きで魅了してくれた増田くんに差し上げたい。たまらなくキュートでございました。あと思ったけどリリーちゃんはやっぱり若い。リズム感のよい動きがとてもかわいらしく素晴らしい。サイズが超ミニなのもかわいさに拍車をかける。いいわ。夢中。

4月2日 

■春眠暁を覚えないこの頃のワタクシ。日頃、寝ない生活に慣れているのであんまり寝ると不安な気持ちになる。まあでもそろそろ寝たくても寝られない生活が始まるワケだし、今のうちに寝ておくか。
■今日は稽古。ほぼ最後のシーンとなる6場。吉川さんにそうとう厳しいダメ出しが出て場が凍る。慣れてください。わたしはこわくて強い演出家なんです。ほかのひとの稽古場に行くと優しい演出家ばかりでビックリしてしまうということは、わたしが例外だということに最近ようやく気づいたよ。
■そして仁さんも交え今日は飲みに行く。1軒目を出たところでそうとうにダメなムードが漂っていたが帰れたのだろうか。こんなところで余計な体力を使ってはいられないので、捨て置いて最終の大江戸線で帰宅。

4月1日 

■稽古に行ったら、増田くんが「し・・・詩森さん、無事だったんですか?」と微妙に涙目になっていた。どうやら例の小里くんによるエイプリル・フール禍事件に巻き込まれたようである。ちなみに増田くんのところには「詩森さんが失踪しました」とのメールがいったようだ。意外にみんな引っかかるものなんだなあ。そういえばWSでやった嘘ホントなんでもアリのテキトウ他己紹介で詩森が仁さんのことを「子供がふたりいて、演劇と子育ての両立がたいへんです。」と紹介したのをほとんどの人が信じていたらしい。ちなみに仁さんはバリバリ独身です。よく知らないけど多分花嫁募集中。
■稽古はすでに佳境のムード。山場のシーンが続く。稽古後はそうとう飲みに行きたい雰囲気を松岡・杉山そして詩森のダメトリオが醸していたが、仁さんが明日なら来るという情報があり、ガマンして帰る。今日行って明日も、という気運がないワケでもなかったが、踏ん張って帰る。偉い。偉くないか。フツウか。とは言え相当の達成感。4月がはじまりましたね。