■2004年2月の日記

2月29日 

■淳子さんが出演する「プリズム」というコント集を見に渋谷へ。行ってビックリ。詩森が半年ほどホステスしていた店のとなりだったよ。
■カウンターの中と外という至近距離に超テンションの高い俳優たちがいるというだけで、なんというかグッタリ。達平くんは出演しちゃうし。それどころか妙に二枚目なエチュードとかしてるし。なんかもう恥ずかしくて正視できない。もちろんつまらなかったということではありません。
■その後、お茶を飲みつつ達平くんと打合せ。とは口実で、いろいろ仕事がある達平くんを無理やり引き留め、あーでもない、こーでもない、と脚本の相談。と、ある時点で妙案が。お。これでイケるかも。そしてイケるとなると「じゃ帰ろうか」とさっさと席を立つ身勝手なワタクシ。書きますわよ。

2月28日 

■図書館に行き、枠いっぱいまた資料を借りたにも関わらず、立ち寄った書店で本をさらに購入。資料より先にそちらを読み始めてしまう。これが面白い。止まらない。冷戦以降の世界の流れを考えていく上でガイドラインとしたい一冊。詰め将棋の詰まらなかったところがスルスルと解けていくかんじ。あまりの面白さに興奮して椅子に座っていられず、バタバタと足をばたつかせたり、「なるほど。なるほど。なるほどーっ」と声に出して騒いだり、家のあちこちを放浪したりとタイヘンなことになりつつ、読了。タイトルはケチなのでナイショです。
■そして夜半、意気揚々と書き直しに入るが、ぜんぜん進まない。これは根本的に考えなおさなければ。それはいったいどこを?夜は更ける。朝日が昇る。くーっ。どーしたらいいんだよう。

2月27日 

■さていよいよ本格的に脚本の改訂を始めました。書き上げてから10日余り、いろいろな方のご意見を聞いたり、書き直しに向けてさまざま考えたり。詩森は「キレイゴト」好きなので、どうも作品がそうなりがち。「キレイゴト」を払拭して、「うつくしいもの」を手に入れにいきたい、とまあ、そのような分不相応な大望を抱きつつ。
■観劇の予定もまた整理して、引きこもり的一週間を過ごしたいと計画中。贅沢な時間がはじまる。

2月26日 

■どうでもいいコトなんだけど、演劇の人で「ネタ」という言葉を使う人がいるがわたしはあんまり好きじゃない。「次の作品のネタを探す」とか「ワークショップのネタは多いほうがいい」とかそんな風に使いますね。
■作品見に来て「ネタ本」とかあるんですか?と聞く方もまたいらしたりして。まあ、男性に多いのですが。
■もともとが「種」という言葉を逆さ読みにしたものらしく、その業界用語風の響きが嫌いというのもあるかもしれない。まあ、でも「寿司のネタ」とかいうくらいだから、原材料という意味ですよね。
■例えば戯曲のモデルになる人や事件があるとして、その人や事件に関わった人は別に「ネタ」になるために生きたり死んだりしたワケじゃないと思うし、なんかそれを「ネタ」と言った時点で、入り口から間違ってしまうようなそんな気がしてしまうのだよね。そして思い返すと、先に劇場が決まっていて、書くことがそれに付随しているというシステムが劇作家に「ネタ探し」という意識を植えつけている気がする。書くために探すから「ネタ」になってしまうのではないだろうか。でもそれって貧相なかんじがする。「書く」というのは「ネタ」なんて言葉とはいちばん遠いところにある衝動であるべきだし、そうでなければいけないと思う。画家が絵を描くとき、その対象を「ネタ」なんて言う人は絶対いないハズだよ。断言してもいいけど。
■ワークショップはそれよりはたしかに「ネタ」という側面があるのは否めないワケで、ちょっとしたゲームとかストレッチとか知らないより知っていたほうがスムーズに物事進むし、職業としてワークショップ講師を捕えるとそういったハウトゥが「メシの種」と直結しているのもまた確か。でもやっぱり抵抗があるんだよね。なんていうのかな。受講者のことを「扱う」というような意識がそこにはあるような気がしてしまうんだね。なんか「こんなもんでしょ」みたいな。ゲームひとつ、ストレッチひとつ、わたしたちの演劇にそれはどういう意味を持つのか、それはほんとうに必要なのか、ひとつひとつ真剣に考えたら「ネタ」なんてやっぱりカンタンに言えないよ。多分。
■そんなこんなで今日は暖かな一日。どうでもいいことを書いてみました。

2月25日 

■昨日の日記を読んでもらえれば、今日一日どんなにタイヘンだったか解っていただけるかと。水を飲む時間さえままならぬまま、走り回っておりました。
■今日の劇団ワークショップはついに全員集合。男性は全員ミッチで、女性は全員ブランチ。人数が足りないので、詩森も入ったりして。
■男性にジャンケンしてもらい勝った順番にブランチを選んでもらう。いろいろな思惑が微妙に錯綜していて、面白かった。いちばん負けた人が詩森とやるハメになったのだが、その不運な人とはスギーであった。でもちょっと見たくないですか?詩森のブランチと杉山さんのミッチ。自分でやっていてもどうにも濃くてやな感じでしたね。

2月24日 

■いちにちグッタリ。
■とは言え、明日はまたもワークショップ、なんと4本。子育て支援と3/20の高校生ワークショップのためのデモ2本。それから劇団のワークショップはついに全員集合かも。しかも一本アシスタントな以外は全部リーダーだしさ。出来るのか。まずはテキストを書かねば。
■そして脚本の改訂もついに本格化。半分くらい書き直すので、そのための資料をまた探したり、読んだり。
■ああ、2月が終わっていくよ。

2月23日 

■いよいよ目黒一中、本番。
■朝6時半に起きて、7時半に家を出る。集合は8時半。ラッシュの電車なんていつぶりだろうか。
■やってきた生徒たちにヘアメイク。詩森は日頃メイクはあまりしないが、メイク用品はなぜか結構いい品を揃えている。特にマスカラとチークにはお金を惜しまない。大人っぽいとは言え、所詮は子供。子供とはいえなんと言っても東京っ子。日頃しなれないフルメイクに興奮し、そして詩森の最終兵器、RMKの繊維入りのマスカラに大騒ぎし、MACの発色の良いチークを頬に入れてあげると、気分はスッカリアイドルに。
■メイク効果かなんなのか、本番はどうしたことかの名演技炸裂。昨日のゲネより更に女優度アップ。そして男子ふたりも大ウケにウケ、大健闘。うちのクラスだけでなく、どのクラスも下手な小劇場よりずっと面白かったのにはビックリ。恐るべし中学生。
■2回の公演。それからバラシ。最初に学校に行った頃は話しかけても目さえ合わせなかった中学生たちが、最後の三本締めは「おつかれさまでした」と劇場が揺れるほどの大声で返してくれる。
■そして担当した子供たちが顔をくしゃくしゃにして泣いているのを見たら、自分の公演でさえ泣いたことのない詩森も、ついつい泣いてしてしまいましたよ。鬼の目にも涙。感動のフィナーレでございました。公演の充実の余韻をたっぷり吸い込んだ打上げの楽しかったことよ。公演の原初的な喜びを思い出させてくれた中学生たちに感謝。

2月22日 

■今日は場当たりとゲネプロ。
■詩森担当のA組だけ、どーゆーワケかたくさんキッカケがあるので、もともとほかより長く場当たりを取ってもらっていたにも関わらず、30分近く押す。膨大だ。踊りめいたものもあるし、装置の転換もある。照明と音響のオペレーションの子のセンスの良さに助けられたよ。あれであの子たちがダメダメだったら、何時間かかったかわからないよ。
■ゲネプロはちょっとビックリしちゃうほどいいデキ。明日の本番がむしろ心配になる。でも、ダメ出しでは存分に褒める。ここで安心させないようにするのも演出のひとつのテクニックというものだろうけど、わたしはそういうのは好きじゃない。ダメなものはダメ。いいものはいい。その気持ちを率直に伝えたい。解散前にみんなに一言づつ言ってもらったら、「もっといいものにしたい」という気持ちが溢れていたね。みんなようやくわたしの目を見てしっかり頷きながらダメ出しを聞いてくれるようになった。ここまでくるのにやっぱり時間がかかった。人と人が繋がるには時間もかかる。努力もいる。こんなあたりまえのことを長く演出やっていると忘れているんだよなあ。
■さあいよいよ本番。チケットは2公演とも売り切れ。なんか終わったら感動して泣いちゃいそうだな。

2月21日 

■今日から目黒一中、仕込み。大人スタッフは徹夜で仕込んだそうな。熾烈。詩森はお昼頃行って、灯り作りとサウンドチェック。淳子さんに手伝ってもらって主役ふたりの抜き稽古。ふたりとも顔つきが変わってきた。女優じゃん。いいぞ。どんどん行け。終了は6時過ぎ。何がショックって風琴工房に出てくれたことのある秋山さんのひとり芝居に行けなかったこと。もう少し早く知らせて欲しかったよ。「飛ぶ劇場」も結局無理そう・・・。そしていつもの仕込みよりずっと短い時間だったにも関わらず、帰りの電車では立っていられないほど疲弊していたのであった。
■なので食事は外食。門仲のお気に入りのダイニング「ディデアン」。疲労回復に効く韓国のお茶を飲む。カサゴの中華蒸しがやたらと美味だったよ。
■そう言えば、今日はちょっと感動したことがあった。ダンスシーンの灯りを作っていた時のこと。俳優のかわりに立ってくれていたスタッフチームの子がだるだるで動いてくれなかったのだけれど、すかさずC組リーダーの明神さんが立ち上がってクネクネと踊りだしてくれたのだ。ウチのクラスのために踊ってくれたことが嬉しいというんではなくて、その時の明神さんは「舞台の上は楽しい場所なんだ。ステキな場所なんだ」ということをその時劇場にいたすべての生徒たち(特にいちばん前列で見ていたC組の子たち)に伝えようとしているように見えた。舞台という場所をぜったいに守り抜こうとする明神さんの気概にその場の空気がビリビリしてた。わたしはとっさにああいうコトできるだろうか。たぶんできないと思う。とにかくその時の明神さんはスゴかったんだよ。
■ワークショップ研という場所はそういう創り手のステキなプライドを垣間見られるのがなんと言っても醍醐味。「くッだんないプライドだよな」なんて思ってしまう人は誰もいないけどみんなすごくきちんとプライドを持っている。自分の演劇に対する姿勢を問われている気がする。さあ明日もがんばらなければ。

2月20日 

■朝一番から美打ち。予算のことで胃が痛い。
■3時から次回出ていただく足立智充くんが出演するスイングルド・プントオーニュ楽団。もっと丁寧で、もっと繊細なものを予測していたのに、ひとことで言うと雑なお芝居だった。「一言で言うと雑」なんていえてしまうことはとても悲しいことだなあ、と思った。大好きな俳優さんがたくさん出ているのにな。残念。
■夜は弘前劇場。初観劇。こちらはやたらと丁寧に作られていた。さすが4演目の再演。それにしても弘前って、ホントにあんなにスビーディーにギチギチ話すのかなあ。大阪みたいだよ。ついていけないよ。と、隣の県であるハズなのにトロトロなテンポの盛岡出身者は思うのであった。このくらいキチンと作られていれば、もちろんなんの文句もないのだけれど、こういう家族の関係性を中心としたお芝居にあまり今、興味が向いていないのかな、などと思いつつ見た。
■いま見たい芝居は世界に繋がっている芝居。それはどんな方法でもいいんだけど。例えば昨日見たエンジェルス・イン・アメリカ。うまくいってるとかいってないとか、それはそんなに関係なくて、格闘している芝居がみたい。戦いの軌跡がみたい。太田省吾さんの「ヤジルシ」。宮沢章夫さんの「トーキョーボディ」。シャンプーハットの「緑色のスカート」。上手くいっていないところさえ語る価値のあるような。

2月19日 

■今日はTPTのエンジェルス・イン・アメリカを見にベニサンピット。
■とカンタンに書いたけど、一部、二部とあるのを通しでみる上、それぞれが3時間30分くらいあるので、合計7時間という一大イベント。
■これがもうなんだか無茶苦茶な芝居で、一部が終わったころにはもうグッタリ。ああ、来なければ良かったかも・・・などと思っていたのだが、が、が!しかも、2部に入っても2幕の休憩が入るくらいまでわたしのなかの評価はそんなに高くもなかったのだが、が、が!
■ラスト45分で詩森の評価は大逆転。面白かった。面白かった。うん。とても面白かった。
■予定調和を一切拒否した壮大な戯曲にまず感心。軽やかにこちらを裏切る展開。世界がジャンプする瞬間の異常なほどの思い切りの良さ。深刻さの欠片もない戯画的な演出。そして最後の最後、こちらをそれまでウンザリさせていた饒舌さや不毛さまでもが、祈りのようなものに昇華される瞬間をわたしは目撃した。そしてその祈りに、ある種の優越感をまるで宿してないのも良かった。ラストのセリフは若い日本人の俳優にはちょっと酷かと思ったが、いいセリフだった。言葉自体にとても力があって。遠い遠いところまで旅した感じ。エンジェルス・イン・アメリカ、もし見るのなら通しで一日で見たほうがいい。でももう終わっちゃうけどね。
■一緒に見ていた達平くんはその前まで結構ブツブツ言っていたのに、見終わっていきなり「面白かった」と言い出したわたしにおどろいていたが、そんなことにはお構いなしに、ちょうど一緒の回を見てらしたフライングステージの関根さんと「良かったねー」と騒ぎまくる。同じような観点で関根さんは感動していたらしく、偶然とは言え一緒の回を見ることができとても嬉しかった詩森であった。

2月18日 

■朝から子育て支援ワークショップ。今日は創作。シーンを作る。楽しいです。詩森はバルコニーのシーンのバルコニーとジュリエットがロミオを後追い自殺するシーンのロミオ(死んでいるだけ)を演ずる。演ずるというより寝ていただけだが。詩森がひっそりその可憐さに注目している受講者のTさんがジュリエットを演じてくれたのだが、最後、わたしの上に折り重なって死んだときに心臓がすごくドキドキしていて、ああ緊張してたんだなあ、と思ったらいとおしくなり、思わず起き上がって抱きしめそうになった。死体の役だったからガマンしたけど。
■そしてそのあとは急いで移動して目黒一中、学活をあてての最終稽古。ラストをたっぷり返してたら通しは出来ず。はー、次は本番だよ。どーすればいいんだよ。泥縄で土日稽古することに。
■そして子育て支援の次回打合せ。ギチギチと。なんか気づいたら発表のための構成台本を書く約束をしていた。ひーっ。目黒一中の本番もあるのに。書けるだろうか。書かなければ・・・。
■しかし詩森にはまだ劇団ワークショップという一大行事があった。一日中ワークショップだよ。まるでワークショップ大好きな人みたいだよ。今日は総当り戦でステラ・ブランチ・スタンリーをやった。男優同士の間で火花が散っていた。今日から参加した劇団SのKさんがタイヘンなことになっていた。スゴイ。スゴイよ。今回の客演陣。
■そのあとまたいろいろあったりして、どうにもこうにもタイヘンな一日。今週はこんなかんじでまだまだ続く。

2月17日 

■細かな打合せをやって過ごす。おかげで見に行くつもりだった ort.d.dのゲネには間に合わず、かといってソワレにはまた微妙に間に合わないという悲しい結果に終わる。遅い夕食は、大根とニラの炒め物。おいしいです。このメニュー。

2月16日 

■信じがたく忙しい月曜日。
■目黒一中、ワークショップ。集合時間のメールを見そこねていたらしく、持ってきて欲しいものがあって淳子さんに電話したら、すでにそれは集合時間だった。・・・やってしまった。ワークショップ研関連のメールは膨大すぎる。気をつけなければ。
■で全クラス集まっての通し稽古。行ったら俳優がひとり風邪で休んでいた。しかも主役のひとり。「詩森さんやってください」と言われる。ひえーっ。見たくないよ。わたしの少年役。そして演技。しかも中学生相手に。なので、「ダメも取らないといけないし、淳子さんがやったほうがぜったいいいですよ」と押し付け気味にお願いする。ごめんなさい。淳子さん。でももちろん淳子さんがやったほうが百倍くらい良かったですよ。ぜったい。
■エンドレスで有名な目黒一中打合せも来週は本番ということもあり、更に熱が入る。エンドレスが2乗くらい。
■そして3月20日に今度は高校生相手に行うワークショップの会場下見。会場となる都立駒場高校のあまりの環境の良さに唖然。そして、自分の高校時代についてなぜか突然語りだすワークショップ研の面々。
■今度は渋谷に場所をうつし、5月公演の音楽に関する打合せを寺田くんと。ああ。タイヘンだ。寺田くんは「この脚本に曲書くのはスゴイ苦手だってわかっているけど、面白い脚本で面白いプロダクツだから引き受けざるえない」と逃げ腰なコトを言っていた。そして駅で別れるまで「あんまり厳しいこと言わないでね。褒められて伸びるタイプだから」と子供のようなことを言いつづける。褒められて伸びるって、いったい君はいくつなんだ。まだ伸びる気なのか、といろいろ言いたかったが我慢する。今週はまだまだ忙しく、稽古も始まっていないのに、とちょっとグッタリ。

2月15日 

■今日は観劇2本、打合せ1つ。
■チェルフィッチュと白痴に出演してくれた胡糸ちゃん出演の近文研。
■チェルフィッチュはあいかわらず面白い。俳優さんの演技の完成度も今回は高かったんじゃないか。でも、戦争を背景としてそれに無自覚な市民の日常を描く、というのは、もしそれが目的でないのだとしても、それはそろそろいいんじゃないか、という気がしてしまう。もちろん渋谷でセックス三昧しながら「この5日間が過ぎたら戦争終わってるといいな」という若者のピースなんだか暴力なんだかよくわからない感覚はリアルだと思うし興味深いし単純に面白い。しかし、それは、わたしがいま何かを考え始めるためにあまり有効な方法ではなくなりつつある。この間の青年団の「南島俘虜記」を見たときも思ったんだけど、「愚かな市民」の側に観客がすでにいない気がする。そこに自分を置いて考えられないというか、少なくとも自分はそうではない、と思ってしまうし、やはり市民なり若者なりを描くなら、そこに等身大の自分を発見できないと、それはどこかでファンタジーだということになってしまうのではないだろうか。そう思って帰ってきたら、自衛隊イラク派遣を支持する人が47%だそうで、「やっぱりまだまだ有効な方法なのか?」などと思ったりする。でも自衛隊派遣を支持しているヒトは日曜日にお芝居なんて見に行かないだろうしな。とすると誰に向けてのお芝居なのか、などと思ったりして。
■で、近文研。「サロメ」。胡糸ちゃんはド迫力。身びいきかもしれないけど、なんか一皮剥けたかんじ。素敵だった。でも全体はというと、その演出プランをやりたいなら、技術力不足というものではないですか、と思う。それは風琴工房にとっても大きな問題で、俳優なら着物くらいちゃんと着ろよ、首の脱力くらいちゃんとしろよ、声くらいちゃんと作れよ、やれないなら俳優なんて名乗るなよ、と言いたい。近文研にというよりは主に自分と劇団員に。また言葉を使わない(正確には言語として系統化されたものを使わず無国籍言語みたいなので話す)という選択をするのなら、きちんと身体でコミュニケーションが取れていないと、おもしろくもなんともありませんね。
■なんか神経が珍しくやられているらしく、睡眠障害気味。寝付けない。起きてしまう。ちょっと深刻でございます。

2月14日 

■日記で自分に予告したとおり床を掃除してから「球体関節人形展」に行ってきた。
■人形ファンであれば驚く錚々たるメンバーが一同に会してのスゴイ展覧会。
■しかしどうも琴線に触れないのは、その展示方法もあるに違いない。ギュウギュウに詰め込まれ、それぞれのディスプレイが作家の美意識を体現しているため、結果として高校の文化祭の展示のような趣となっている。お知り合いの三浦悦子さんの人形は素晴らしかったが、なぜか恋月姫さんと隣り合わせに展示され、お互いに殺しあっていた。そして天野枯淡さんの人形をあんなホッタテ小屋のようなテントに並べるのは殆ど犯罪ではないだろうか。船越桂展ではうつくしい、今までみた美術展のなかでも出色の展示をしてくれた東京都現代美術館だけにたいへん期待していたのだが残念である。
■しかも知らなかったんだけど、これ、押井守の新作アニメ絡みのイベントだったのね。最後の部屋でDVDを流していたので、人形関係かしらと喜びいさんでみたら、映画の予告編だった。ビックリ。アニメ嫌いで、押井作品にはやたらとアレルギーのある詩森ですが、これはちょっと面白そうだったわ。CGスゴイよ。でも球体関節人形とサイボーグはまるきり別世界のモノだと思うんだけどね。好きなんだそうです。監督が。ふーん。それにしても監修者というのなら、人形の魅力をもっと引き出す展示にしていただきたかったわ。
■脚本は書きあがったがこれからは演出のためにまた資料を読み続けなければならない。グッタリ。なので、また図書館貸し出しの全ての枠を使いきって本を借りてきた。でも資料以外の本も気晴らしに借りた。嬉しくてならない。というワケで今日からまた読書三昧ですわ。

2月13日 

■家にいる時間のほとんどをPCの前で暮らすわたしだが、脚本のときはトイレさえ行きたくなくなるくらいずっとPCの前にいる。今日は執筆日だったので、朝から夜中まで、食事の支度をした以外、それこそずーっと書いていた。
■明日も執筆日なので、これは明日には確実に書き上がるなあ、よかったよ、来週はいろいろ打合せもあるし、などと思っていたら、深夜、いきなり書きあがってしまったのであった。驚いた。しばらく、呆然とワードの画面を見ていたが、思い切って「終」と書き入れる。
■「記憶、或いは辺境」第1稿が完成した。
■今回は書くことがほんとうに楽しく、出来ることなら、もっともっと書いていたかった。しかし、手元にはすでに風琴工房史上最長編の分量の戯曲がある。これ以上書いては、スズナリの退館時間に間に合わない。そしてなにごとによらず良心的なザ・スズナリではあるが、時間延長はちょっとした額になるのであるから、7時30分開演にした以上、どうあっても2時間以内で収めねば。とは言え、これは叩き台にすぎないので、3月半ば過ぎの稽古入りまでは、直しに直し、もしかしたら殆ど書き直し、ということさえ考えられる。
■まあそれもよし。
■それにつけても、明日は直しをするにしても、ひさしぶりのオフではないか。観劇の予定もない。そんな一日、久しぶりだよ。忙しかったよ。考えれば2月。まずは床を掃除して、東京都現代美術館まで球体関節人形を見に行こう。

2月12日 

■子育て支援ワークショップ。今日は柏木さんがチームリーダー。この方、ワークショップで食べているレッキとしたプロですからね。いつもはその経歴故か逆にサポートに回ってくださることが多いのですが、今日はリーダー。まあ端的に言ってしまうと名人芸でございました。勉強させていただきました。それにしてもスゴイよ。このワークショップ、どんどん面白いコトになっております。3月の発表が楽しみでございます。
■アゴラに移動して3月の高校生向けワークショップの打合せ。これも一大プロジェクトだなあ。
■家についたら、もう7時。夕食はこの間居酒屋で食べて美味しかった「鰤と菜の花の炒め物」を作る。付け合せには「ウドのゴマ酢和え」。食卓は一足早く春ですね。
■それから脚本。明け方5時まで。いよいよゴールが見えてきましたよ。

2月11日 今日の日記は長いので覚悟してください

■今日はなんだか殺人的なスケジュール。脚本書くのに家にいたい、しかし、それなりに2月は多忙。というワケで、お芝居は基本的にダブルヘッダー。できたら打合せ等も抱き合わせ、と風の吹くまま、気の向くまま、観劇予定はギリギリまで決めたくないの、という詩森にしては珍しく真剣に様々スケジューリングするこの頃であります。
■で、考えたあげくに今日は観劇トリプルヘッダー。しかも夜は劇団ワークショップがあるしさ。
■そんなことがどうやったら可能だったのかと言うと、2バージョンを3回回しする関係でエスラボが非常に中途半端なタイムテーブルで組まれていたこと。ワークショップ研仲間のわたなべなおこちゃんが主宰のアナザーワークスがこれまた2時半開演という微妙な時間でマチネを組んでいたこと。しかも両方とも基本的には1時間くらいの芝居。これならイケルかも・・・ということで、まずは1時開演のスズナリのエスラボ・ゲストバージョンを拝見。2時15分終了。池ノ上まで脱兎の如く走り、一駅井の頭線に乗ってこまばアゴラ劇場へ。アナザーワークス拝見。で終了が3時30分。お茶飲んだり多少の余裕を残しつつ、エスラボ・シャンプーバージョンへ。それから劇団のワークショップをやり、ちゃんと飲みにも行きました。ソワレも何かみたら4本観劇が可能だったね。すごいよ。こんなコトが可能なんだね。考えたこともなかったけど、ちょっと楽しかったわ。
■エスラボ「みかん」は名作の再演。とはいえほとんど新作とのことですが、おもしろく拝見しましたわ。ゲストバージョンは赤堀さんの脚本のウマさと演出家としてのネチっこさを、シャンプーバージョンは俳優たちの演技を堪能致しましたわ。ぼくもとさきこさんという女優さんをはじめて舞台で拝見したけど(なぜかいっしょに飲んだことはあり)、これはタイヘンな女優さんですね。とんでもなく面白い顔と声がそれはもちろん「ウリ」というものなのかもしれませんが、わたしが感心したのはなんと言ってもリズム感。間とテンポが完璧なんですね。一見ウマヘタ風の演技にただの天然ちゃんかと騙されそうになりますが、これはハッキリ、計算されつくした演技のいわゆる「ウマイ」俳優さんとわたしは見ましたがいかがか。
■で、シャンプーバージョンのあと、日比くんに話題のク・ナウカ出演について聞いたら、かなり興奮していろいろ話してましたね。わたしが別のこと聞いても、ずっと。あいかわらず自分好きの宇宙人め。でもやっぱり舞台の日比くんは、好きだな。カッコいいよ。大好き。またいつかわたしもいっしょにやりたい。
■対するアナザーワークスはもう女子予餞会。スゴイ。スゴイよ。演劇の極北。たしかにスゴイ。でもね。なおちゃんにも言ったのだけど、この脚本、あんまりなんじゃないだろうか。もっとね。カッチリした、どうにもマジメな脚本のほうがぜったい面白い気がするがどうだろう。マンガっぽいものにマンガっぽいものが足されてもさらにマンガ度が上がるというモノでもないんだな。というワケで次のギリシャ悲劇に期待。
■でもって劇団のワークショップもやりました。演出助手をやってくれる女の子が見学に来てくれたのだが、この子がなんだかものすごくカワイイのよ。女優さんでも充分イケルくらいカワイイの。ドキドキしちゃった。しかもお勉強もできる。まあ、ちょっと椎葉ちゃんチックな天然ドラック系(詩森造語。いつも夢見るようなラリった瞳をしているのが特徴。頭の中で麻薬が醸成されているに違いない)なのが気にかかるが、カワイイ女の子は好きなので、多少の不安は残しつつよしとすることに。
■それにしても「今日は演出助手をやるかもしれない方が来ているので皆さんしっかりやってください」といきなり演説する藤原達平。あんたは何者なんだ。
■そんなこんなで読んでも長く、書いてもタイヘンな今日の日記はこれでおしまい。

2月10日 

■THEガジラのKASANEを見に行く。鶴屋南北の「かさね」を真解釈(新解釈ではなく敢えて真ね)で上演しようとする演出家と俳優のワークショップの話だった。民間伝承の類を社会学的に読み解いていくという大枠の部分はとてもおもしろく、柳田国男「遠野物語」のお膝元で育った詩森としては、かなり楽しく拝見する。が、もうひとつの柱になっているらしき、ジェンダーからのアプローチは、男性・女性、どちらの味方にもならない、というスタンスを取ろうとした故か、歯切れ悪く、またテーマ的にはそちらのほうが重要事項なので、中途半端に終わってしまい、なにがなんだかわからない有り様に。久世さん演じる女性演出家に「かさね」をダブルミーニングするという設定に無理があったのだろうか。フェミニズム的視点に縛られ回りから排斥される女性演出家が現代の「かさね」となってしまっては、江戸時代とたいしてかわらないではないか。しかも周りの男性たちがカリカチュアされすぎて、ぜんぶ同じ人に見える。せっかくいい俳優さんばかりなのになあ、と残念。もしかしたら変わらない人の愚かさを書きたいのかもしれない。しかし、単純に観客の立場で言うと、なんか肝心のところで煮え切らないかんじがしてしまう。ここのところ立て続けに鐘下さんの作品を見て、最初はすごいマッチョな「俺の視座」みたいなのを叩きつけてくる人というイメージを持っていたのだけれど、今日の作品を見て、「いや、この人、すごい誠実にフェアにいろんな人の立場でモノゴトを考えているうちに作品的にはワケわかんなくなってしまうのかも・・・」と思ったのであった。そういえばパンフの文章もいつもそんなカンジだよね。もちろんいろんな人のいろんな立場、ひとりのひとの多面性について描くというのは戯曲にとって大切なことだろうけど、でも最終的なところで「面白い作品を作る」というのは非常に暴力的で独裁的なことなんだなあ、などと思う。多様性を知りつつもベクトルをガシッと決められる人だけが勝利する。というワケで忙しくいろいろなコトを思う観劇であったワケですね。
■否定的なことも書いたけど意欲的な作品であり、興味があるテーマだからこそ真剣にこちらも考える。こういう作品があるというのは、わたしにとって大切なことではある。そしてわたしが偉そうにいうようなことではないけど、演出家として現在、最も力があるうちのひとりなのではないだろうか。観客を飽きさせないシンプルで力強い動線の描き方と俳優の力をあますところなく引き出す力量にはいつも感心する。
■下北沢は詩森的には磁力のある場所で、ウッカリ家に帰る道を忘れそうになるが、「脚本を書く」ということのそばに一刻も早く帰りたくて、小田急・千代田線・東西線とまっすぐに乗り継ぎ帰宅。夕食には生まれてはじめてブイヤベースというものを作ってみる。などと書くと大層なかんじだが、ブイヤベースの素を買ってきて材料を放り込んだけだけど、美味しかった。ほんとは鯛を入れると美味しいことはわかりきっていたが、金目鯛880円にはどうあっても手が出ず、タラの切り身298円で我慢。ハマグリも大きく立派なものはひとつ400円もするので、中国産100グラム98円で我慢。
■書くんだ、書くんだ、書くんだぞー、と意気込んで帰ってきた割に本を読みながら、カウントダウンテレビをダラダラ見てしまう。日記も書いてようやく気分転換完了。詰まっていたプロットも改訂されたので、これから書きまする。トホホ。

2月9日 

■今日は執筆日の予定なのだが、昨日興が乗りすぎたのが原因か、進まない。借りた資料で一冊だけ未読だったものを気分転換に読み始めるが、微妙にちょっとやなかんじ。丁寧に取材された本で細かく気になっていたことの裏づけにはなったけど。私見や感じたことを書きすぎているのが原因なのかしら。
■夕ゴハンに前に奈良のぺピタで食べた「豆腐ステーキ」を思い出し思い出し作ってみた。自家製のメンツユで味付けした玉子に鰹節をこれでもかと入れたものをバターでソテーした豆腐に流し入れ蒸し焼きに。思ったよりずっとイメージに近くできた。定番になりそうだな。これは。今日はそのほか、キャベツとワカメのサラダ。これはキャベツを手で千切ってラップをかけ電子レンジでチンして半ゆでみたいになった状態でワカメとあえ、ドレッシング。今日は塩・コショウ、メンツユ、ポンズ、オリーブ油でカンタンに。アンチョビソースなんかとも合いますよ。美味。いくらでもキャベツが食べられる。春キャベツは甘くておいしい。
■夜になり多少脚本進む。このテがあったか。さあ、いよいよ後半戦だ。
■引きこもり週間故、読んでもどうしよーもないような日記でスマン。でも文句があるなら読まないでちょーだい。

2月8日 

■千葉こども劇場のワークショップ。詩森は長谷さんのアシスタントとして低学年を担当。行くまでは子供なんて、子供なんて、子供なんて苦手だよ、と思っていたのだが、実際やってみるとワークショップはとても楽しく、創作的な喜びにも溢れた素晴らしいものだったのであった。長谷さんの作ったプログラムに強度があるということだ。デモをやってもらったので、やることがわかっており、落ち着いてアシスタントをつとめることができたのもよかった。珍しく役にたった。気のきかないことでは人後におちないわたしにとって人の役にたっているという実感はなかなか得られないものなので、貴重な機会であった。そして、日頃わたしを苦しめ、日々後悔の源ともなり、いわれのない謗りを受け続ける原因ともなっているわたしの名前「詩森ろば」が子供相手のワークショップでは非常に力を発揮するということがわかった。つまり子供たちはわたしが「ろば」とわかったとたん「警戒しなくていい大人」のほうに断りもなく分類してしまうのである。そして、「ろばちゃん。ろばちゃん」と言いながら腕やら腰やら首やらにまとわりついてくる。意味がわからない。
■家に帰ってから脚本を書き始めたら止まらなくなってしまった。今朝は早起きだったにも関わらず、朝方まで執筆。このままでは書きあがってしまう勢いだ。いや。書きあげなくてはいけないのではあるが。

2月7日 

■目黒一中のワークショップ。番外編。学活の時間の自主練習につきあう。
■ここまで穏やかにモノゴト進めてきた詩森、ついに爆発。かなりキツめのダメ出しを中学生相手に。「舞台の上ではスイッチがちゃんと入ってないと見てらんないよ」と、そのありさまはもはや演説。強力アシスタントの淳子さん(倉品淳子 山の手事情社 看板女優)も稽古のあまりのデキの酷さに泣いてるし。・・・いや、そういえばこのタイミングでどうして泣くんだ。淳子さんよ、と思わないでもなかったが、あの大きく印象的な瞳がみるみるうちに潤むのはさすがに強烈で、ここまでノレンに腕押しだった中学生にけっこうなパンチが入るのが見て取れる。これも女優の技というものか。
■用事をいくつか済ませてから、とある芝居をとある場所に見に行く。もうね。とある芝居、と書いた時点で毒を吐く気満々なんですけど、この芝居、みていてホントに具合が悪くなった。まず脚本が、あまりに酷すぎる。言わばスーパーフリーのようなどうにもならない若者たちが主人公なのだが、その若者たちがちょっとステキみたいに書かれてる。で、なんだか願いが叶ってしまったりもする。ちょっといい話になっていたりする。「ガキのタワゴト聞いてる場合じゃねえんだよ」と、途中で立ち上がり、抗議のノロシをあげたかったよ。でもってですね、このテのどーにもならない若者芝居を見るたびに先月見たオールツーステップスクールの取り組みのうつくしさが思い出されてならない。グリングといい、そんなトコロで思い出されては迷惑だろうとは思うのだが。
■そんなこんなで毒吐きな土曜日。

2月6日 

■今日も一日執筆中。ああ、幸せ。もともとが引きこもり体質なのは間違いなく、その上、いまは書くことに夢中。
■自分が「ヒューマニズム」を基盤にした人間だという自覚はかなり昔からあって、そういう「正義感の強いオンナノコ」的なところから逃れられないことにずっと傷ついてきた。もっともわたしの正義感は子供を殺してしまう少年や、飛行機で突っ込んでいくテロリストにも深いシンパシーを感じてしまうような、ちょっと歪んだヒューマニティだけど、それでも自分にとっての「正論」から逃れられないところがあって、そして、「演劇と正論」はどうも相性が悪い気がする。
■さて、ちょっと長くなるけど、有名なこの文章を引用。

「みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

 戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。」

■これは現行日本国憲法が制定された時、文部省が副読本として小学校に配った「あたらしい憲法の話」から戦争放棄について書かれた部分。

■どうです。なんとも美しい「正論」でしょう。自衛隊派遣に対し、これより有効ですっきりした反論となりうる文章はそうはないという気がする。潔くてわたしは好きです。この文章。まあ、でもこれを演劇でやっても仕方がないワケで、そんなことするくらいなら、この文章をコピー&ペーストしてホームページのトップにでも貼り付けておいたほうがずっといい。
■以下、ちょっと省略。で、今回は、このちょっとナナメなヒューマニティ(悪意というには、あまりに清廉、無味無臭な)を潔くまる抱えして書いてやる、というのがささやかな現在の決意。もういいよね。充分傷ついてきたんだし。少なくとも、自分のそういうところを疑い続けた日々は無駄ではないと信じたいわ。

2月5日 

■今日、明日は一日執筆日。
■メモのようなシーンの断片はたくさんあるんだけど、それらを整理し、ついにアタマから書き始める。書き始めるまでは不安だったけど、日々登場人物のことを考えつづけていたのと、演じる俳優の顔が見えている状態で書いているので、落ち着いた気持ちで書きつぐことが出来た。どーでもいいことだが、今回出演してくれるとある俳優がものすごく好みのタイプなので、あるト書きを書き、「ああ、これを彼が演じたら。なんてステキなのかしら」と身悶える。バカかわたしは。舞台で見ていて好きな俳優ほどその舞台裏を目の当たりにし、「使わなければヨカッタ・・・」と後悔するのが常であるが、彼にはぜひ期待を裏切らないでもらいたいものだ。
■こうなるともうどうにも集中してしまう。ほかのコトなんか考えられない。パソコンの前で、ただただ書いていることの幸せよ。

2月4日 

■今日は朝から大事件を引き起こした。日記というからには正直に書くべきだが、さすがに書けない。それでも子育て支援のロミジュリの発表はビックリするくらいおもしろかった。詩森は久保田セクシャル・ロミオにオンブにダッコの演出を。ホントはもうちょっと抽象的なメイクラブシーンを作りたかったけど、身体的な訓練をしていない受講者故、直接的な抱擁シーンを作ったが、なにせやるのが久保やんなのでそれなりにエロエロで、場内はロミオに釘付けでしたわ。でもさ、明神さんはその受講者にちゃんと抽象的なエロ演出を敢行してたんだよな。倉品さんは身体性の出来てない人でも身体性が発現せざる得ない演出をつけてたな。演出というのは、こうして見るとやはりたいせつなんですね。明神さんのどこまでも「ぽかワールド」を追求する姿勢に感動し、倉品さんのパワーに圧倒され、長谷さんのクレバーな「これぞ演出」というコンセプトの立て方に勉強し、講師陣にとっても刺激的な時間だったのではないだろうか。
■そのあと、目黒一中の衣裳を探しに代官山の古着屋さんまで行き、それを駒場アゴラ劇場まで徒歩で運ぶ。タクシーに乗ってもよかったんだけどアゴラは非常にタクシーで行きづらい場所にあるのです。おかげでクタクタだよ。
■病が癒えてから用事が目白押しなこともあり、調子に乗って出歩いてたら、クラクラになった。帰りの電車で貧血を起すし、割れそうに頭痛はするし。明日から脚本強化週間として予定を全部整理してあるのに、また倒れては、とヒヤヒヤしたが、頭痛薬を飲み、多少寝たりしたらずいぶんよくなった。ああ健康って大切なものなんですね。

2月3日 

■劇団ワークショップ。
■「欲望という名の電車」をやっているのですが、どうもピリッといかないなあ。ブランチむずかしいんだな。頑張れ。風琴工房女優陣。真面目ッ子なだけではできないぞ。ブランチ。意外なコトに今いちばんおもしろいのは椎葉・増田組のステラ・スタンリー。チビッコ荒くれカップル。生き生きしてますよ。

2月2日 

■目黒一中、ワークショップ。オリザさんが見学に来てたり、スタッフさんが見てたりした気がするが、もう前だけを見て突っ走ってきたよ。2時間が一瞬。倉品さんはグッタリとしていたが、詩森はおそらくアドレナリンの過剰供給により、一気に体調まで復活していた。
■夜は観劇その2 ONEOR8。正直言って、今回はデキがわるい作品を見てしまったのだと信じたい。それほどに、劇作・演出・俳優とも見るべきものなし。ほんとはこんなこと書きたくない。だって若手の旗手なんだから。若い才能を見たくて勉強しようと思って行ったんだから。演劇の未来が不安になってしまうよ。そして、こういった芝居を見るたびに「グリング」ってやっぱりスゴイ劇団なのね、とむしろ「グリング」の評価が高まるのはなぜだ。
■そんなこんなで家に帰ると、「記憶、或いは辺境」に出演をお願いしていた俳優から「出演します」との電話をいただき出演が決定し、そして出演を依頼している最後のひとりとなった俳優からは「脚本を読んでから決めたい」と丁寧なお手紙をいただいていた。このいただいたお手紙がものすごくいいお手紙で、なんだか感動。この方に出ていただかないと、話にならない、という気持ちを新たにし、脚本を、とにかく脚本をと、パソコンに向う。「記憶、或いは辺境」の情報も今日、明日中についにアップの予定です。どうぞお楽しみに。

2月1日 忘備録

■1月、随分芝居を見た、と思ったが2月はもっと凄かった。知人の芝居ラッシュの上に見たいから見るという理由でもなぜかチケットを取っている。
■忘れそうなので、見る芝居と理由を書いておく。

◎ONEOR8  (若手の旗手との呼び声高く人に進められたりもしたので)
◎THE カジラ   (制作の方からご案内をいただいて)
◎エスラボ    (自他共に認めるシャンプーファン 両バージョン観劇予定)
◎アナザーワークス(ワークショップ研仲間のわたなべなおこちゃん演出)
◎TPT     (BENTで惚れた朴昭煕 出演 これも通しだから計7時間!)
◎三条会     (ついに本拠地千葉まで遠征予定)
◎近文研     (「白痴」出演の胡糸嬢ご出演)
◎弘前劇場    (3月にとある審査会で長谷川さん、畑澤さんとご一緒する関係で)
◎チェルフィッチュ(岡田くんの芝居はおもしろい)
◎スイングルト・ブントオーニュ楽団 (知人がご出演)

あとその時期日本にもしいたら、「飛ぶ劇」も見る。すごいよ。わたし。観劇の鉄人みたいだ。そのほか、目黒一中の本番があるからね。そしてさりげなく書いたけど、日本にいない可能性もあるんだね。どうなる。怒涛の2月よ。
■そんな2月のトップを飾り、今日はKAKUTAの「朗読の夜」に行って来たよ。恵比寿のオシャレなフリースペースで。なんかクラブでやると勘違いしてたらギャラリーのような場所でした。ユダの食卓に出てもらった大枝ちゃんがメインの朗読者だった。でも気持ちの良い音楽と強い風邪薬のせいでちょっとウトウトしちゃった。ごめん。エダちゃん。KAKUTAの次は「花やしき」での野外劇とか。いったいどんなコトになるのかしら。