■2003年11月の日記

12月30日 今年は。

■まずシャンプーハットの「青空」と「緑色のスカート」。
■それから藤原竜也の「ハムレット」。
■指輪ホテルの「情熱」も好きだった。
■あ、「雪の結び目」も、極私的にはよかった。
■そうだ。年明けにはTPTの「BENT」を見たじゃないか。
■ほかにもたくさんお芝居を見て、いろいろ面白かったけど、好みの問題も加味するとこんなところかな。
■来年は5月と10月にお芝居をやる。
■ていねいに。じっくりと。楽しんで。
■今日はワークショップ研究会の忘年会。我が家で。
■わたしは料理を作った。カポナータ、カプレーゼ、豚の角煮、キノコのサラダ、鳥とバジルのパスタ。吉野さんが鳥のトマト煮。オリーブ入りで美味しいのなんの。
■あしたは田舎に帰ります。
■というワケで2003年の日記はこれでオシマイ。
■来年も風琴工房をよろしくお願い申しあげます。


12月29日 発火

■ようやく「発火」を見た。
■いい映画でびっくりした。痛むからだとこころとぎりぎりの救い。俳優の演技の嘘のなさよ。
■3月の自分の芝居のことを思い出す。
■あの時、書けなくて、書かなければいけなかったことが「発火」に詰まっている気がした。
■あのときはあれが限界だった。自虐と他虐。優しさの欠片もない演劇。
■来年になって、なにかが急に変わるわけでもないけれど。
■でも今年があって来年がある。少しづつでも変われたらいい。
■自分自身も書く芝居も。


12月28日 

■来年のことを考える。5月の舞台となるべき場所がようやく決まる。書けるだろうか。「透きとおる骨」を書こうとした時の震えるようなかんじを思いだす。
■一生懸命、書こう。
■いい俳優がたくさん出てくれる。
■一生懸命、書こう。はじめて戯曲を書くみたいに。ひとつひとつのセリフを楽しみながら。


12月27日 夏の砂の上

■打ち合わせしてから、青年団プロデュース「夏の砂の上」。
■この観劇にこぎつけるまで何度も「海よりも長い夜」と言い間違って、達平くんに「いいかげん覚えてください」と怒られたものだ。
■冬の扇風機。セミの声。もう間違えないだろう。いくらなんでも。これは「夏の砂の上」であって「海よりも長い夜」ではない。
■終演後、達平くんと打合せ。日々動いている情報を受け渡すだけでたいへんな分量に。
■一足早く風琴工房の2004年は始まっている。


12月26日 誕生日でした

■この年の瀬の慌しい時期に毎年、わたしの誕生日はやってくるのでした。
■なので今日はウェブをリニューアル。自分にプレゼント。ひとり上手って呼んでおくれ。
■なんて、ただの偶然だけどさ。
■今度こそ技術的にズコイ!!というのを作ってやろうと思ったのだが、ジャバスクリプトさえほとんど使わず超シンプルに。フラッシュ、なにそれ、というカンジ。
■でもちょっとCSSとか使ったわ。
■ソフト覚えなきゃ。そろそろオールタグ打ちっていうのもね。


12月25日 東京シューレ

■という不登校の子たちによるフリースクールでのワークショップの記録係。
■その後の忘年会にも呼んで頂く。手作りの燻製類に感動。お料理もとても美味しい。 元不登校児で現在は不登校の研究をしているという青年とお話。
■美しい目がとても印象的な若者であった。
■わたしもイジメラレッコだった。かなり苛烈な。でもわたしが育った頃は「不登校」という選択肢は用意されていなかった。社会的にそういったものがないなか、それを選択するほどの創造力もなかったので、わたしは不登校児にはならなかった。
■彼によると、当事者が当事者を研究する「当事者研究」という分野が今できているらしく興味深い。主にマイノリティに関わる分野でそれは興っており、確かにマイノリティの人たちはその権利等において常に不利な立場に置かれることがままあり、そういった不利益を避けるためにも、専門的に知るということは大切なことのように思う。
■しかし、当事者研究というものが認知され、また社会的な力を持つまでにはまだまだ時間もかかるのかもしれない。同性愛者が同性愛について研究し、またその権利を主張しても地球の裏側の戦争かなにかのように自分とは無関係なこととして扱われるだけだ。
■けれど、地球の裏側の戦争に想像力を働かせていくことがどれほど大切か、今、考えていない人はさすがにいないだろう。
■マイノリティとは、「いない」ということではなく少数であるかもしれないが「いる」ということを意味する。


12月24日 聖夜

■イブである。
■まあしかし、あまり関係ない。
■でも本屋でジョンとヨーコのインタビュー集を買った。ちょっとクリスマスっぽい。
■このインタビュー集はしかしけっこう心打たれるものだった。
■率直さ、そして知性。
■彼らの考えているピースが「絵に描いたモチ」ではなかったことを改めて確認する。理想を見つめるというのと現実を見据えるというのが、ちゃんとセットになっている。多くのジョンの言葉を引く人たちにその視点があるのか。



12月23日 秘密任務

■朝、起きると劇団員たちが達平くんの指揮で劇団荷物の片付けをしていた。引越し以来、ダンボールに詰めっぱなしだったものがスッキリと片付く。というか片付けていただく。わたしは不要品をより分けた以外は役に立たず、朝ゴハンをサーブしたりする。
■午後からは達平くんと秘密任務に出かける。
■詳細はまだ書けないが、秘密任務はかなりエキサイトだった。しかし、その秘密任務の場所である東横線沿いの某所(自由が丘)はクリスマス気分満載で、道端でコンサートなんてものさえやっていた。確かに風琴工房的とは言えないが、「敵地」とまで言い切る達平くんはいかがなものか。
■それにしても、上手くいくといい。
■演劇は企画段階がいちばん楽しい。ワクワクする。
■2003年はワクワクしているヒマもなく演劇をやっていた。これはほんとうに良くないことだ。だって儲かるワケじゃないんだからさ。お金という対価が得られないなら、せめて丁寧に、ワクワクとね。



12月22日 忘年会

■朝、7時30分、ニューヨーク在住の振付家、Tさんからの電話で目が覚める。 いきなり「あなた、今日は来るの?」と言われる。そういえば昨日の夜か今日の朝、彼女と会えたら会おうと約束していた。電話をくれる手はずになっていたが、いきなり「今日は来るの?」と言われても、どこに行けばいいのかさえわからない。それは高田馬場ということがその電話でわかり急遽駆けつける。午前9時。高田馬場なんていう、まるきりニューヨーク的ではない場所で、わたしたちはサラエヴォについて話す。宝物のような時間だったので、詳細については省略。
■おかげでワークショップ研のミーティングに遅刻する。
■その後、今度は1時から目黒一中のワークショップ。演劇を中学生と授業で。
■それはとまどい、そして試行錯誤の連続である。
■これはすでにワークショップではないし、とは言え、授業でもない。言わば体験学習というべきものだ。わたしは自分のなかのあるかなしかの「ワークショップ」という概念を手放し、方法を模索する。
■そして、今日は風琴工房の忘年会でもあったのであった。
■わたしは料理をする。今日のメニューは、バリ風ピラフ、豚とネギのスキヤキ風炒め物、生春巻、チャプチェ、ロールキャベツ、根菜のサラダ、微妙にアジア風の無国籍メニュー。
■早く帰る人もあり、泊る人もあり。
■「セルロイド」のビデオを見て、異常に盛り上がる。おもしろいよ。「セルロイド」。またやりたい。興奮。


12月21日 大掃除

■掃除をしなくてはならない。
■いくらなんでもこれは溜めすぎた。
■世間の人はきっと詩森のことを間違いなく「片付けられない女たち」のひとりと思っているかもしれない。しかし期待に応えられず申し訳ないが、実はそこまでひどくはない。それはモノをなんでもかんでも捨ててしまう性格だからだ。しかし、さすがにこの半年、毎月のように芝居をやっていたツケが来ている。
■なので片付け。徹底的に。
■気になっていた箇所が綺麗になり気持ちがいい。
■年末まで大掃除の日々は続く。


12月20日 帝国劇場地下帝国

■気づけば一ヶ月くらいはサボっていた。それもこれもすべてフラジャイルのせいだ。恐るべしフラジャイル。
■今日は7時に家を出て有楽町へ。
■「エリザベート」というミュージカルがあって、チケット取りが壮絶らしい。
■そのシステムをいくら聞いても理解できなかったので、体験しに行ってみたのだ。
■まず8時までに帝国劇場に並ぶ。この時点で3000人という発表がある。そして順番にチケットを買うための整理番号をくじ引きでとるのだ。
■チケットを買うための整理番号。わからなかったのはここだ。
■寒空の下並んだり、劇場の椅子に座って待ったりとさまざまなプロセスを経てクジを引くと、そこには整理番号と「何時にチケットカウンターまで来てください」というアナウンスが書いてある。なるほど。並んだ順にチケットを買わせていると壮大に時間がかかるが、整理番号を引くだけならすぐだもんね。でも昔みたいに3日3晩並べばいい席が取れるというものでもないのね。平等なんだか不平等なんだか。
■で、詩森が1600番台で、達平くんが1200番台。で、早い整理番号の達平くんのチケットを買える時間が夜の7時・・・。そして現在は朝の9時。
■「ユダの食卓」に出てくれた脇田くんの出る「十二夜」を見に行く。達平くんも急遽同行。(ホントはチケット取りを達平くんに任せて詩森だけ見に行くつもりだったのだが、なにせ夜の7時なのでね)濃いメイクで満面の笑顔の脇田くんはほとんどホラーであった。
■やはり来ていたリリーちゃんこと笹野鈴々音嬢と中華街で食事。そうそう。芝居は中華街のそばの「かながわドームシアター」で行われたのであった。玉三郎が芸術監督を降りたというだけあって、風が吹くたび轟音で芝居どころではなくなる凄い小屋だった。
■そのまま帰るのも悪いし、通り道なので、帝劇につき合う。しかし、ふたりを待ち受けていたのは、チケット発売は早くて8時からになります、というおそるべき事態であった。仕方なくお茶を飲みつつ打合せ。おかげで2004年度のラインナップやスズナリ公演のタイムテーブルなど懸案事項がほとんど決まる。
■で、8時。戻るが、まだ1200番台は並ぶ気配もない。
■と、「イーストウッドの魔女たち」が終演したので、劇場ロビーでもお待ちいただけます」とのアナウンスが・・・。で、ロビーで更に待つ。エリザベートのコマーシャルビデオが流れているのを何度も何度も見る。そうか。これがエリザベートなんだ・・・。なんかかなり間違ってるかんじでスゴイかも・・・。それにしてもお目当ての内野トートの歌はすでに歌としての体裁を為していない気がするが気のせいなのだろうか。山口トートの「最後のダンスは俺のもの」という歌を聞いて、この人は自分とダンスするつもりだろうか、とつい思ってしまうほどの自己愛を感じるのはわたしの見方が間違っているのだろうか。
■そんなこんなでチケットゲットしたのは10時もはるかに過ぎたころ。
■チケット取り自体も疲れたが、それより整理番号が悪いと言っては不機嫌になり、なかなかチケットを買う順番がこないと怒り、その割にビデオを見ているときは超ご機嫌で、最後、思い通りのチケットが取れたと言って天にも登る心地の藤原達平(風琴工房 制作)の気分の浮き沈みにすっかり疲れ果てた一日であった。
■それにつけても再開一日目から壮大な日記になってしまった。キリがいいから20日から書くか、と思った己の浅はかさをのろったことだよ。